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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】7.交野:磐船神社(1) 

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大阪府交野市の磐船神社にご案内いたします。
お社とその後ろに巨大な岩、この岩がこの神社のご神体です。道路からも難なく見えるこの巨大な岩、実は覗き込んでみたら、この下方へも後方へも一枚岩で、ものすごく大きい。
いわふね15
横から覗き込んでみると、こういう感じです。
後ろから見ると下のような感じで、実はまったく全体像が見えません。
いわふね13

道路に沿うように神社があります。傍には天野川が流れていますが、流れは人工的に変えられているようですね。
(もしもこの川の流れが二筋になっていなかったら、岩窟めぐりは不可能でしょう…)
神社を行き過ぎて少し行くと、川沿いに駐車場のようになったところがあります。そこに愛車(チリテレ君)を停めて、いよいよ神社へ参りましょう。
いわふね1
入り口に立った時は、普通に土地の神様にお参りするという以上の感覚にはならない、小さな神社なのですが…
岩窟に入ると世界が一変します。
ちょっと言い方が悪いとは思いますが、まるでゴロゴロ転がった大小の岩の間を抜けるアドベンチャーワールド、ちょっと危険なアスレチックという感じなのです。
足の悪い方、お年寄り(70歳のうちの母は大丈夫だったけど)、危険行動に走りそうなお子さんはやめておいたほうがよさそう。
行くときには、汚れてもいい格好で、靴もよく考えて行きましょう!
(私は、中津川の教訓を生かし、最近は石を見に行くときは登山靴^^;)
ちなみに、雨の日、雨のすぐ後、川が増水している時は入れません。
いわふね14
この川の流れの先、岩が見えていますが、その先にまだまだ岩が…

要するに、川が流れていて、その上にゴロゴロと石が積み重なって、水である程度浸食されて隙間ができて、その隙間を抜けて、岩を登ったり下ったり。木の橋が架かっているところもあって、落ちたらかなりやばそうな感じですので、ちょっと高所恐怖症の私は、部分的に足がすくんじゃいました(そんなに高くはないのですが)。
しかも、かなり狭いところもあり、身体の向きを考えないと動きが取れにくかったり。浸食されて、かつ何度も人が通ったので石の表面がツルツルのところがあって、滑りやすいので、要注意です!

神様の懐を巡るという心で、お参りする、そういう場所ですね。
ちなみに、この川は天野川といいます。天の川…なんだかロマンチックですね。
所用で時々枚方のこのあたりを通るのですが、『天の川で恋をして』…なんて小説を書こうかしら、と思ったくらい、名前だけでインスピレーションが刺激されるような…

この岩の下が岩窟めぐりの神所です。
いわふね2
ここを下りていきます。
いわふね3

長くなりそうなので、続きます(その2へ)。

Category: 石の紀行文(写真つき)

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【石紀行】7.交野:磐船神社(2) 

狭いお堂の中を巡るみたいな感じなのかと思っていたら、とんでもありません。
まさに岩場を降りたり登ったり。
所々川の水が流れる上を、岩と岩の間に木で橋が渡してあります。
ちなみにこの橋、かなり足場の悪いところに架かっており、斜めになっていたりで、結構怖いです。
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この岩に描かれた白い矢印に沿って行きます。広いところもありますが、狭いところもある。かなり体を捻って入り込みます。足がつくところの岩がつるつるになっていて(よく神社などで、撫でられた石の牛の頭とかがツルツルになっているのと同じことですね)滑ります。
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上を見上げるとこんな風に空が見えるところも。そしてまた登ったり。
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下を見れば水の流れる不思議な空間があり、上を見れば、「これ、落ちないんでしょうか」というような岩が頭上にあったり。この岩の複雑な組み合わせ、阪神大震災の時にも崩れなかったということですが、長い時間の中で地震や川の増水などを経てがっちりと組み合わされ、もう崩れようがないバランスになっているのでしょうか。まさに石垣を組んであるようなもの……
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見上げるとこんなふうに空からの光が見えるところもあります。
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最後は登って、ようやく外に出ました。上から見ても岩がゴロゴロと川を塞いでいる感じに見えます。
水の力ってすごいものだと思います。この土地は生駒に続く峰になるのでしょうか、生駒の石と同じような質感、山の岩の重い質感が石から感じられます。
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外の山の中にも岩が多くあり、大きな岩には名前が刻まれています。神様の名前です。
また天岩戸と書かれた岩もあります。(宮崎にもありますが^^;)
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御祭神は天照大神の御孫神、日本の国の中心である大和の国(奈良県)に入るべく天の磐船に乗り天降られたといいます。太古は淀川が現在の枚方辺りまで入り江になっていて、大和に至るにはこの入り江から天野川を遡るのが便利だったということ。
大昔の日本の地形、今とはずいぶん違っていたんですね。
そしてその場所に、古の日本の基礎がある。

この岩窟巡りは、鳥居を潜り、階段を下りて深い過去へ遡るような暗い世界に入り、狭い道、危険な岩・橋を渡り、時に水を足元に感じ、時に広い場所に出て、また時々光射す天を見上げ、また登り、降り、そして最後に外の世界、現在へ戻ってくる。

日本の神様、日本人の祖の物語、紐解いていくと、どこに行きつくでしょうか。
私たちの祖先がどこから来たのか? それとも、どこへ行くのか?
『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』
(D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)
ポール・ゴーギャンがタヒチで描いた絵(ボストン美術館蔵)の問いかけが、なぜか思い起こされました。


Category: 石の紀行文(写真つき)

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ソ連(1) マトリョーシカ 

マトリョーシカ

もしかすると、今ではもう珍しいものではないのかもしれませんが……
これは23年前(!)、私がソ連(当時)で購入したマトリョーシカです。
本棚に飾られているのですが、最近中まで開けてあげてなかったなぁと思って……(^^)

マトリョーシカと言えば、中は空洞になった木の人形が入れ子になっていて、どんどん小さいのが中から出てくる…ってやつですが…

分かりますか?
向かって左からゴルバチョフ、ブレジネフ、フルシチョフ、スターリン……そして最後にレーニン!
なぜか省略されている、アンドロポフとチェルネンコと、もう一人いましたね…短すぎて忘れちゃった。
今ならもっと沢山、なんでしょうね。
エリツィン、プーチン、メドヴェージェフ…もう一回プーチン!?
もしかすると、あんまり特徴ない人は省かれちゃったのかも?

これはモスクワの広場の市場のようなところで買いました。
当時、ソ連はちょうどペレストロイカ真っ最中だったけど、ソ連に行くためには、領事館にビザを申請するときに毎日の日程と宿泊先ホテルとか細々と書いて提出しなければならなくて……
ツアーではなかったので、結構大変だった記憶があります。
うーん、冒険家だったなぁ、昔の私。

びっくりしたのは、両替をしたら、日本円1万円に対して片手では持ちきれないほどのルーブルの札束が返ってきたこと(すごいデフレだった)。
札束の処理に困って買ったのが、このマトリョーシカでした。

もっとびっくりしたのは、月曜日の夜、赤の広場から地下鉄に乗って帰ろうと地下に降りたら、地響きが……
地震だ!と思って、地上に上がったら、どの通りにも戦車、戦車、戦車……!?

ペレストロイカで、比較的写真は自由に撮れるようになっていたのですが、さすがにこの日ばかりはフィルムを取り上げられている人がいました。よくもまぁ、カメラを構える勇気があったと思うけど…

後で聞くと、月曜日の夜は、モスクワ周囲のあちこちから赤の広場に向かって、演習で戦車を動かすのだとか(錆びないように?)……
ホテルに帰るために、郊外の駅で地下鉄を降りたら、まだ戦車の音が……
一体、どんなけ走ってるの!? 恐るべし、ソ連の軍事力!と思いつつも、何より戦車だらけで道路を渡れない……
戦車の上には運転席?コックピット?から顔を出している兵士さんたちが…しかもみんな男前。
どうすることもできなくて、また無謀なわが友人が『手を振ろう』(@_@)
何だかわからないので取りあえず手を振ってみたら……(^_^)/~

カーネーションを投げてくれた!?
何で?
今でも謎です。

ソ連は、アエロフロートの機体がぼろいのに、着地したのが分からないくらいパイロットの腕は抜群だった。
しかも税関は男前ばっかり。
(中に入ったら、貫録のあるおじちゃんばかり!? なぜ、あれがこれになる(?_?))
ロシアになって、どうなったんだろう?

写真は、当時、道路や橋、つまり軍事的に使える場所は決して撮ってはいけないと聞いていましたが、わりとそうでもなかった。赤の広場の見張りのお兄ちゃん(例にもれず、男前)とも一緒に写真を撮ってもらいました。
何せ、その時、私たちが話せたロシア語は一文だけ。
実は、まったくロシア語が話せなかったので、ひとつだけ覚えようということになって……
覚えたのがこれ→『私と一緒に写真を撮ってください』(ロシア語自体は忘れちゃった)
これは、ずいぶん役に立ちました。

ソ連の話、まだまだ面白い話があるけど、またの機会に……^^;

Category: 旅(あの日、あの街で)

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【物語を遊ぼう】11.つかず離れずが萌え 

『つかず離れず』
この言葉ほど、書いている時にも読んでいる時にも萌えるものはありません。
言い換えれば、物語というのは、この『つかず離れず』で成り立っているといっても過言ではないかもしれませんね……手が届きそうで手が届かない、真実が分かりそうで分からない、そして人と人の間も理解できそうで理解できない、その狭間のようなものの中に、無限の物語があるのです。
今回は、この『つかず離れず』で私が萌えまくった二組のカップル(カップルではないとも言えるけど…それがまた萌え)をご紹介します(*^_^*)


究極の『つかず離れず』ケーススタディ(^^)

【ケース1】Xファイル:モルダーとスカリー

有名な海外ドラマですが、少し古いので一応解説。FBIの奇怪な現象を扱う部署、X-FILE課。そのメンバーは2人で、妹を地球外生命体に誘拐されたという過去を持つ変人のモルダーと、モルダーの見張り役として配属されたいかにもキャリアウーマンという印象のスカリー(でも実は大変敬虔な女性)。
始めはUFOだの謎の生命体だの信じていなかったスカリーだが、奇怪な事件に遭遇するたびに、暴走するモルダーを止めながらも、認めざるを得なくなっていく。

…そしてこの二人、恋人?ということにはなかなかならないのですが、ともに事件を解決していく(というよりも大概事件は解決していない? 振り返ったら変な生き物がまだ生きている…って感じの終わり方ばかり^^;)過程で、信じ合う存在、互いになくてはならない存在だと認識していくのですね。そう、単なる恋人とは少し違う、運命共同体の様な存在。そうこうしていると、スカリーが宇宙人に誘拐されたり、モルダーが行方不明になったり(もちろん宇宙人がらみ)、物理的にも距離があったり…(#^.^#)

でも、気が付いたらいつの間にか、ミレニアム(2000年のNEW YEAR)ではキスしてるし、でもそれまでそんな気配あったっけ? 本当はどうだったの、この二人? いつの間にキスするような関係だったの? みたいな萌え。とは言えその後も、あのキスは実は挨拶代りだったのかと思うくらい発展していないようにみえるし、謎に包まれたまま…
その後、宇宙人の介入でスカリーが妊娠するんだけどどうやら実際の相手はモルダーっぽかったり……そしてラスト、二人きりで逃避行しながら、何だかもう完全に運命を共にする世界へ……この件だけ取り上げると、いかにも『くっつきました』って聞こえますが、とにかく延々とつかず離れずだし、これからだって本当にどうなるのという感じで終わったのです。

恋人同士の域を遥かに超えている深い人間関係(危機的な環境下では恋に陥りやすいから?)、くっつかないまま長々と時間がかかり、くっついたように見えてもちょっと離れて見える…大好きな関係性です。
ちなみに私は、スキナーとドゲットが好きでした(*^_^*)

でも、こうやってあらすじにしちゃうとバカっぽいことに気が付きました。この話、番組を見ると、本当にそんなこともあるかも、と思えるのですが、私の解説能力では『宇宙人?誘拐?ちゃんちゃらおかしいわ』ってことにしか見えない^^; 実は宇宙人と取引しているのはアメリカの政府絡みという裏があって、このFBIの上司たちや政府関係者の胡散臭さがたまらないのですね……このドラマが『アメリカで受けた』のは、曰く、アメリカ国民が自分たちの政府は本当にこんなことをしてそう、と政府を懐疑的に思っているからだとか。確かに、一度エノラ・ゲイ(原爆を制作していたという区域)のそばを通ったことがあるのですが、何とも口では説明しがたい『あるかも』な雰囲気でした。一般人の知らないところで起こっているこわーい事実。

【ケース2】スタートレックヴォイジャー:ジェインウェイ艦長とチャコティ副長

スター・トレックシリーズ(正確には最初のシリーズ『宇宙大作戦』)はもう私の青春そのもの、みたいなドラマでして、スポック博士に乙女心を鷲掴みにされ、ドクター・マッコイの何でも治しちゃう(…って、まぁ、何してるわけでもなく治るのがすごい)技術にうっとりし、カーク船長を含めた、ちょっと中途半端な男三人の友情にほだされ……
でも、今回挙げさせていただくのは、スタートレック・ヴォイジャー。シリーズの中では唯一の女性艦長で、しかも通常の世界/次元から切り離され、宇宙の異次元ともいえる世界に入り込んでしまって、何とか地球に戻ろうとするんだけど異世界から戻る手段が分からないまま流離うという、ちょっと異色の話なのです。
噂では、最初のシリーズ・宇宙大作戦(カーク船長)の頃への回帰のために制作されたともいわれるこのシリーズ(つまり、宇宙大作戦は、地球から宇宙へ出て行った人類が新たなフロンティアを求めて旅するという話だったのが、新スタートレック、ディープスペースナインになって艦隊戦などが登場してきて、宇宙戦争ものみたいになったのが気に入らなかったスタッフがいたのかも)、本当にもう萌えどころ満載でした。

ジェインウェイ艦長はストイックでかっこいい女性艦長なんだけど、どこかに少し女性の弱さを持っている、でも普段はそんなことはおくびにも出さない。地球には夫が待っている。そして副長のチャコティ。インディアンの血を引く、もと反政府軍のメンバー。言わないけどね、時々ぶつかりながらも(結構好き勝手言っていたかな…)艦長を尊敬し、実はちょっといい雰囲気までいってるんだけど……しかも地球にいるジェインウェイ艦長の夫は、もう妻の宇宙船は行方不明で帰ってこないと聞かされていて他に女性ができていたりするんだけど(たまに次元が交錯するんですね…でも地球に帰還するまでは信じたくないのでしょう…というようなエピソードがあったと思うのですが、私の妄想?)……くっつきそうでくっつかない。

不倫はだめという意識(番組制作上の…)や上官と下官の恋(それはまぁ、有名な映画もありましたよね)という垣根がありながら、チャコティは途中から絶対艦長を女として見てると思うんだけど、あぁ、もうどうなの、どうせ地球には帰れないわよ、くっついちゃって!と思ういちファンを無視して、何故か全く別の女が登場。

実は、この異次元には『ボーグ』という全体意識の一部として生きている種族がいます。つまり個としての意識を捨てて、全体意識に同化され、集団のためだけに生きているわけですが(これは結構怖い話で、昆虫の世界、宗教の世界みたいな…)、その中のひとりにセブンという、元地球人で幼いころに両親と共にこのボーグに同化した女性が出てくるのです。色々あってこの女性はボーグから切り離され、大人になってから突然『個』として生きていく運命を背負わされる。でも『個』として生きてきたことがないので、人格自体が真っ白。ここで、人類・『個』としての彼女を教育したのが艦長なんですね。そしていつしかセブン(⇒人間としての名前はアニカ)とチャコティが恋に落ちる。

というよりもアニカは艦長なんですよね……教育を受けていく中でアニカの中に艦長の思い、思考過程や人柄までもが移っていく、チャコティは艦長の代わりにアニカを愛するようになったのか……
う~ん、でもファンはもう何だか不完全燃焼。セブンはいい子なんだけどね。


……こうして、実ったのか実ってないのか分からない、恋のような恋でないような二人のイライラするくらい長い関係。くっつかないのは寂しいけれど、くっつきすぎても欲しくない、いっそこのままの方が、と思ったりもする。このどっちなのか分からないうちが結構良かったりもする。
そんなところに萌えるのは、きっと私だけじゃないですよね。
もちろん、ハッピーエンドになってくれてもいいのですが、多くの場合、くっついたようなそうでもないようなまま終わっていく、製作者の心理は一体何なのでしょう??
(私が睨んだところでは、みんな、つかず離れず関係に萌えているから!のはず(^^))


長くなったので二つだけにしてみましたが…他にも今市子さんの漫画、『幻月楼奇譚』の鶴来升一郎と与三郎なんかも、いいなぁと思っているのですが。

皆さんのご存じのつかず離れずの萌え物語、ぜひ教えてください。

Category: 物語を遊ぼう(小説談義)

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におい(臭い/匂い)にまつわる話 

ヴェネツィア

今日は今からボランティアに行くので、年休です(^^)

先日、写真を整理していたら、ずいぶん前にヴェネツィアに行った時の写真が出てきました。
どうやら没写真だったようで、別に保管されていたんですが……

こうして写真に撮ると、麗しいヴェネツィア……
この時(晩秋~冬)、高潮(Acqua Alta)のために、一番低いサンマルコ広場は午前中水没するんですね。
これも、水の都ならではの知恵。
だだっ広い広場に水を引き込むことで、町全体が水没しないように緩衝作用をしているということなんですが…

でも、店の中もホテルの中も、1階は水浸し。
板みたいなので土嚢代わりに水をシャットアウトしているみたいですが、はっきり言ってそれでは無理でしょう……と思うようなもの。
私たちが着いたのは午後だったので、水が引いた後だったのですが、お店では水の掻き出し作業中。
これを毎日やっているのですね……
無駄のような、ある意味、風物詩のような。
で、午前中また水没するから、長靴(ビニールカバー?)を買えと売りつけられ…

はい、翌日、本当に役に立ちました。
午前中に着いた観光客の人たちは大変困っておられました。
路地も膝まで水浸しで、歩けないのです。
広場と大きな通りには、板の歩道が置かれている(橋)んですが。

ヴェネツィアは二度目だったのですが、一度目は早春で、もちろん水没する時期ではないので、特に何事も感じなかったのですが……

そうなんです。
今日のお題?……臭いです。

正直なところ、かなりな臭いです。
ほぼどぶ川と言ってもいいのかもしれない…もちろん、気温なども影響するのでしょうけれど…
そもそも水浸しになるとき、町の地面自体が水没するわけで、残飯や犬や猫のうんちもしかり。
不運な場合はその中を歩かなければならないわけです…
(万が一、御飯中の方、ごめんなさい)
二日間の滞在中には慣れましたが、夜、ホテルのベランダから、潮の匂いとともに悪臭!?が爽やかな風となって吹き込む…みたいな。

Acqua Alta…見ものですが、臭いに敏感な人は辛いかも。

で、思ったんですが、写真って臭い/匂いがないから、この町のあの日のムードって、この美しい写真からは何もわからないなぁ、と。
匂い付消しゴムみたいに、その時のにおいも移って/写っていたら面白いのに。
ハリポタの世界の写真なら、においもついていそうですね。


においと言えば、どんなにおいが好きですか?

私は、実は世の中で最も好きなにおいが、野焼きのにおい。
懐かしいからなのか、よく分かりませんが、今でも野焼きのにおいを嗅ぐと、とっても幸せなんですよね……
親には変な奴、と言われていますが^^;

嗅覚は人間の五感の中で最も記憶と密接に結びついていると言われていますよね。
確かに、視覚や聴覚は、脳がこれまでの経験でアレンジして『像を結んでいる』、つまり脳の回路を通っている間に変換されている可能性があるけれど(よく、テレビ番組でやっている『錯覚』ですね)、嗅覚というのは古い感覚、つまり大脳皮質系をあまり介さない、原始的な脳の部分で感じているもの。
敬愛するカール・セーガン氏の言うところの『エデンの恐竜』(人間の脳の中には恐竜がいる…つまり、原始の脳が人間の脳の中にちゃんと残っているという話)ですね。

とすると、私の野焼きにおい好きは、最も記憶と強く結びついている…
幼少期の思い出のなせる業なのでしょうか。
ずっと忘れていた何か、感覚・感情など説明できないものも含めて、それを引き出すカギのようなものなのかもしれません。

となると、いつかまた、よく似た悪臭を嗅いだとき、美しいヴェネツィアのAcqua Alta、水没した世界で最も美しい広場と言われるサンマルコ広場を思い出すのでしょうか…
(ちなみに、私が世界で最も美しいと思っている広場は、シエナのカンポ広場。ヨーロッパ旅行歴が決して多いわけでもないのに、すでに3回も行っている…一度などは、シエナしか行かなかった旅も…)


ヴェネツィア水没写真、見つけたら、またいずれアップいたしますね。
なかなか見ものです。
でも、やっぱり、『臭いをお届けできないのは残念』。

Category: 旅(あの日、あの街で)

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【石紀行】8.マルタ:カート・ラッツ 

マルタ1

さて、マルタ島にご案内いたします。
マルタってどこ?という方もおられるかもしれません…って失礼ですよね。
かく言う私ですが、地中海のどこか、ということしか分かっていなくて、行くと決めてからしみじみ地図を見ました。シチリアの南、ローから見たらチュニジアの方が近い、という感じでしょうか。随分若いころに行ったシチリアを思い出すような、囲い込み農地、そしてマルタストーンの石切り場。
黄褐色の石灰岩(グロビゲリナ)が今回の主役。

上の写真はその囲い込み農場です。都市部はともかく、マルタはどこに行ってもこんな景色。
農地を低い石垣で囲んでいます。

問題の石にご案内する、その前に。
マルタ、いいところです。首都のヴァレッタには聖ヨハネ騎士団の美術館・博物館が立ち並び、海に囲まれた古い街並みも素敵。そして、マルタ島だけでなく、ゴゾ島にも点在している先史時代の巨石神殿。切り出した場所から神殿まで、数十トンの石をどのように運んだのか、いまだに謎とされています。

圧巻は、ハル・サフリエニ・ハイポジウムという地下神殿。
写真禁止のため、観光案内書やホームページなどから見ていただきたいですが、この第2層が素晴らしく、もう開いた口がふさがらない状態のままでした(言葉遣いが変だけど、まさにそういう感じ)。1902年に家を建てている時に地下から発見されたとか(ちなみに昔の人はよく、地下にゴミを捨てていて、自分ちの地下に何らかの空間があることは知っていたというケースが多い)で、入口は本当に普通の家みたいなところ(ナポリの地下遺跡の入り口も普通の家ですが)。後の時代には墳墓としていたようで、7000体の遺骨が発見されたそうです。そしてここは、明らかに地下の岩盤を削って造られた、まさに地下の神殿なのです。第2層の天井も壁も滑らかな丸いドーム状の空間、赤のオーカー、小さな声で囁いても神殿全体に声が広がるような石の反響を利用したマイクロフォン(司祭の祈りが神殿に響くようにしてあったのでしょうか)、機会があったらぜひ、訪れてください。
ちなみに、事前予約が必要で、ガイド付きツアーのみです。

人々も温和で優しいです。何より、マルタ語しか話さなかったタクシーの運転手さんも、わけのわからないところに行きたがる日本人を、よくぞ案内してくださりました。
そうなんです。
カート・ラッツに連れてって!
え?
マルタ(狭いのに)のタクシー運転手さんも知らないようなところに行きたがる、謎の日本人になってしまっておりました……
イムディーナという古い都市を通り過ぎ、ガタガタの道を走り、あちこち聞きながら連れて行って下さった……
すると、ありました!
延々とこの謎の景色が続く場所が……
マルタ6
マルタ2

石じゃなくて、これは地面じゃないの?って……はい、その通りです。
正直、自然の造形じゃないの?と言われても否定はできない。
でもこれは『古代の轍』ではないかと言われているのです。
石灰岩の台地に1.32~1.47mの幅で並行に走る溝が刻まれていて、深い所では75cmほどになっているところも。巨石神殿に石を運ぶ時についたものとされますが(ちなみに車輪はなかったはずの時代だとか?でも、先史時代のことについて私たちが知っていることって本当に僅か)……北アフリカやシチリアにも同じようなものがあるのだとか。

ここで山羊の放牧もされているようで……
マルタ7
また、散歩中の家族(おばあちゃん、お母さん、息子&娘の組み合わせ)に、あっちに石器時代の洞窟があるよと教えていただいて行ってみたら…
マルタ4
マルタ5

それにしても、この謎の轍。
フランスのカルナックの列石に匹敵する、『わけわからん』快感を与えてくれてます。
こういう場所に立って、古代の息吹を感じるとき、ものすごく幸せなんですよね……
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この轍、ちょうど足ひとつ分くらいです。

皆さんには何に見えますか?


さて、いずれまた、マルタの巨石神殿へもご案内いたしますね。

Category: 石の紀行文(写真つき)

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ソ連(2) 戦車の上からカーネーション 

ソ連
当時、もちろんデジタルの写真なんて思いもしなかった時代、そして旅行に持っていくフィルムの数も限られていて、今のように何枚も記録的に写真を撮ることもなかった時代、バカちょんのカメラでろくな写真はないのですが……発見したので、アップいたします。

先日、記事(NEWS:マトリョーシカ)に書かせていただいた、月曜日の夜、モスクワで見た戦車の大集団、その時、戦車の上のカッコいい兵士さんに手を振った私たち(バカ丸出し!)に、なぜか投げていただいたカーネーション。
花瓶に4本のカーネーションがあります。
記憶があいまいですが(何せ20年以上前…)、確かこのうち3本は自分たちのために1本ずつ買ったもの。
何しろ殺風景でしたから、ちょっと心の癒しにと買ってみた。
花は駅の地下の露店みたいなところで結構売っていたりするのですね。
で、4本目が戦車の上から飛んできたカーネーション……(#^.^#)

これはホテルの一室です。
以前に書きましたが、両替したらルーブルの札束が返ってきた時代。
それでも、国内でのレートと、外国人に対するレートはずいぶん違ったと聞いています。
町を歩いていると、ドルを持っていないかと声をかけられること、複数回。
ちなみに英語は全く通じませんが、たまに日本語で話しかけてくる人がいたりする。
戦争の影響…だったんでしょうね。

そして、ホテルで過ごしていた夜……
夜中にドアをノックする音が……
やって来たのはホテルの従業員の女性。
何か、日本のものを分けてくれないかというのです。
当時、日本製のストッキングがお土産にものすごく喜ばれるとは聞いていて(今なら、ヒートテック?)、まさかと思っていくつか持って行っていたのですが、さっそく役立ち……さらに、私たちの使っていたウェストポーチとかを欲しがられたので、差し上げたりしました。

本当に、生活に必要なものがなかったのですね……


兵隊さんと言えば。

モスクワからレニングラード(現在はサンクトペテルブルグ)には夜行『赤い矢号』で行ったのですが、夜行のコンパートメントは4人(日本と同じように上下、向かい合わせのベッド)、私たちは3人だったので、もう一人、同室の方がいたのですが……

それがなんと、イケメンの若い兵士さん。
なぜか、ほとんど言葉は通じないのに大盛り上がり。
彼女の写真を見せてもらい、財布に日本語で何でもいいからサインしてくれと言うので、彼の名前をカタカナで書きました。あの財布…良かったんでしょうか……

そこへ車掌さん、登場。
例のごとくどってりとしたオジサン。
旅行前情報により、夜行列車の中で車掌さんがロシアンティーを売って小遣い稼ぎをしているとは聞いていたのですが、本当に売りに来られました。
もちろん、旅行のお決まりはこなさなければ、と購入。

取っ手をつけたグラスに熱いティーを注ぎ、ジャムを入れてくれる。
ここまではOKだったのですが……
そのまま飲もうとすると、『違う違う、お前らは間違っている!』とのゼスチャー。
何か、飲み方の作法が?と思ったら、いきなり、砂糖を複数個!!!!!……記憶は曖昧だけど、たしか5個くらい、飽和状態を超える量までグラスの中に放り込まれてしまったのです!!!
あぁ~~!! 私のロシアンティーがぁ~!!!

もちろん、飲め飲めとせかされて、飲むしかなかったのですが……
これまでの私の人生の中で、底にジャムと溶けない砂糖がどん!と堆積した紅茶を飲んだのは、あれが最初で最後です。

そして、イケメン兵士さん。
眠るときはうつ伏せで寝ておられました。可愛い寝顔、ごちそうさまでした(*^_^*)
友人は、やっぱり兵隊は腹を上向けて寝ないのよ…って、それ本当?

レーニン廟少年2赤の広場前
左から、レーニン廟の兵士さん、愛想よくモデルになってくれた未来のイケメン、赤の広場の兵隊さん。
他にも、一緒に写真を撮ってくれた人は多数。露店の綺麗なお姉さん、旅行中のカップル、タクシーやバスの運転手さん、街角の子供たち、迷い込んだ正教会の見張りのおじさん……みんな、ありがとうでした。
歩くボートをこぐ
そして、盗み撮り?
公園の湖畔を散歩中の兵士さんたち。なぜか、一人でボートに乗っている兵士さん。
休日も制服なんですね。ちなみに、兵士さんの横のボートの二人、男性二人に見えます。
同性同士でボートって、日本で見ると…って感じだけど、別に変なことはないみたいです。
それより、一人の兵士さんが気になります。


さて、まだまだ続くソ連の話題。
次回は郵便局と、ハイジャック事件?
記録(写真)より記憶に残る旅、とはまさにこの国からの最大の贈り物、だったかも。


Category: 旅(あの日、あの街で)

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【物語を遊ぼう】12.本の装幀は芸術:夏目漱石初版本 

今回は、本というものが芸術であるというお話。

本の装幀のお話です。
最近は文庫本になるのを待って買うようになってしまったけれど、以前は単行本の時に装幀を楽しんで買っていたこともあったんですが……しかも、もう最近では電子図書なんて時代になって、装幀という概念自体がなくなってしまうのかもしれないと思うと、寂しいですね。

ブログで小説を発表していますが、そもそも書いた小説を確認するとき、やっぱり一度ならず印刷して、紙ベースで、しかも縦書きで確認するのが常です。
ついでに、とじ太くんという有難い簡易製本グッズで本にしてみたりもしています。もちろん味気ない姿ではありますが。
やっぱり紙がいいですよね。同人誌さんなどは、本当に良いと思います。
時々、うちの祖父がやっていたように、本を作ってみようかなと思う時もあるんですが……

うちにある本の中で最も私が大事にしているのが、夏目漱石の初版本の復刻版です。
もう20年以上前に、アルバイトと仕送りで生活していた大学時代に、月々3000円くらい、何年間かかけて購入しました。もうこれから先、こういう本職人はいなくなるから、と聞いて、無理してでも買いたいと思ったものです。

言葉よりも、今回は写真、ですね。
ほとんど語りのないまま、写真が並びます。すみません。本当は全巻、お見せしたいのですが。
草合
草合
まずは『草合』です。包む形の紙箱に覆ってあるその下から出てくるのは……
これはツワブキのようですが、この黒い部分、漆なんです。
本の装丁に漆。本当にこれは芸術のたまものに見えます。
夏目漱石
こちらは『道草』。左は箱ですが麻の布が貼られていて、表紙は紙ですが、絵が綺麗。

そして一番凝っているのが、この『吾輩は猫である』でしょうか。
夏目漱石は始めからこれをこんなに長編で書くつもりはなかったそうですが、あまりにも人気が出てしまったので長編になった。その読者や出版社の愛着が、こういう形になったのでしょうか。
吾輩猫2
上はまず、一番表のカバー、そしてそのカバーを取っても下のようにおしゃれな表紙が出てきます。
前・中・後編と3冊とも、それぞれ異なっていて面白い。
吾輩猫
もっと素敵なのは、この背表紙です。右がカバー、左が表紙のものです。表紙の背表紙(って変な言い方)がいいと思いませんか? 猫→ネズミ→魚、というのが素敵です。
吾輩猫
そしてこれはなんと、アンカット製本なのです。
(すみません、カット本ではなく、アンカット。カットして読むと覚えていた私の勘違いでした。)
下の写真のように、下半分の袋とじ状態です。これをペーパーナイフで切って読むのですね。いつか切りたいと思うけれど、もったいないのでそのままです。年取ったら、ちみちみと楽しみたいですね。
*追記:しかも天が繋がっているアンカット製本が多くて、地が繋がっているのは珍しいとか。この本は地が繋がっていて、天は切りそろえられていて金箔が施してあります。
吾輩猫1
本を開くと、こんな風に物語の世界に入り込んでいくことができます。挿絵も素敵ですよ。
吾輩猫
吾輩猫
しっかり文章を書きたいと思っていたのに、この本の前では何も言葉が無くなりますね。
ブログに文章を書きつけてはいますが、本の世界にはやっぱり心が躍ります。

最後に少し個人的な本を。
おじいちゃん
おじいちゃん
上の写真、表紙に出ている文字は決して本の題名ではありません。多分、何かの箱に書かれていた絵と文字がそのまま本の装幀みたいだったので、このように使ったものだと思います。そして薄い半紙に墨で書かれた文字と絵。祖父の直筆です。
この世に1冊しかない、世界中で私にとって最も大事な本かもしれません。


次回、『小説はストーリーかキャラか』……またご一緒に物語を遊んでください。

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Category: 物語を遊ぼう(小説談義)

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イタリア(1) 前篇:麗しのヴェネツィア 

アクア・アルタ
まずは美しい水の都をご覧ください(^^)
今日は、麗しいヴェネツィアの景色を前後編でお届けいたします。
写真が多くてごめんなさい。でも、今回は写真が命?です。

日付が入っていますね。びっくりしました。もう8年以上前だとは……
もちろん、デジタルではなくアナログの写真ですが、これは効果を狙ったのではなく、自然にこんな青になってしまったのです。この日のこの時間に撮った写真だけがこの色なんです…
今では、色などデジタルで変えることができますが、それでも偶然や自然の一瞬の奇跡ってのがあるんでしょうね。(ね、limeさん…(^^))
ごんどえーり
そして、これは客を待っているゴンドリエーレ(ゴンドラの船頭さん)たち。
ところで、ゴンドラですが、少し傾いているんですね。
ゴンドラ
これではちょっと分かりませんが、実は乗るとなると、結構この傾きが怖い。
だって…この運河、正直あまり美しくありません(ね、しのぶさん…^^;)。
そして、前回お伝えした通り、かなりな臭いなのです。
絶対に落ちたくない!と思うと、ちょっとした傾きに恐怖を感じるのでした。
もちろん、理由があります。ゴンドリエーレさんが左に乗ってバランスがとれるように左舷の方が右舷よりも25cmほど長いのだとか。

私たちが着いたのは午後。
サン・マルコ広場にはなぜかこんな風に膝よりも高い、正直ちょっと邪魔な、橋みたいな通路が??
サンマルコ
私たちを呼び止めたのは、露店のお兄ちゃん。
『今日は泊まるのか?』
『うん』
『じゃ、明日のために絶対買っとけ。損はさせねぇ』
靴カバー
何だか分からないままに購入しました。
ベニス
上はヴァポレットの乗り場。この町は運河だらけなので、もちろん電車やバスは通っておらず、電車の駅は町の外。町までの交通はこの水上バスのような乗り物です。
向かいの島をご覧ください。地面はほぼ水面の下ですよね。海抜はマイナスに見えます。
そして夜。ホテルの窓を開けると、この美しい風景とともに、潮風が部屋に吹き込んできます。
ベニス
そう、臭いをお届けできないのが残念です。

翌朝の景色は後篇の記事で……

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イタリア(2) 後篇:水浸しのヴェネツィア 

アクアアルタ
海と陸地の境目がちょっと分からない、微妙な景色……

ホテルを出た時は、そんな大したことはないんじゃないの、と思ったのですが、サン・マルコ広場に近づくほどに、だんだん水っ気が多くなり…ある橋を渡ったら、橋の向こうは水没していました。
そして、後はもう、取りあえず水浸し。
晩秋から冬にかけて、高潮(Acqua Alta…イタリア語で高い水)の時に見られる景色です。
アクアアルタ
靴カバー
靴カバーはこんなふうに使います(^^)
この膝ギリギリくらいまで水が迫ってくるような場所もあります。
そしてもちろん、サン・マルコ広場が最もひどく水に浸かっています。
これは、わざとそうなるように広場が作られているからなのですね。サイフォン式に広場に水を引き込んで、他には水がいかないようにしてあるとのこと。
って、路地もどこもかしこも水だらけなんですけど。
お店の中もホテルの1階も、ドアを開けて木の板をはめ込んで少しばかり水をせき止めているのですが…いやいや、相手は水ですよ?
サンマルコ
そう、前日の板は、こうやって人が歩くための通路だったのですね。
ご覧ください、この水没したサンマルコ広場。数々の映画や小説、漫画でも、世界で最も美しいと称えられた、通常であればハトさんたちも飛び交い憩う広場。
でも、少しでも町が沈まないようにと広場に工夫がなされていることを思えば、そういう人為も加わっての美しさなのかもしれませんね。
ちなみに、どの程度水没するかは年によって違うみたいです。
この年は、結構沈んだみたいで、後から新聞に載っていました。
広場には、こんなに沈んだ年もあったよ的な、過去の写真が飾ってあったり。
ぴーちゃん
お巡りさんも出動中。でも、このおまわりさんたちはだべってばかりで、あんまり何もしていない感じだったのです。一方で、女性のお巡りさんは、てきぱきと誘導を……うーむ。
寺院
サン・マルコ寺院に入るのも一苦労です。
何かキャンペーンらしく、ピサの斜塔の絵が…
サンマルコ
サン・マルコ寺院の塔から見下ろしたらこんな感じ。

というわけで、写真を発見したので載せてみました。
いやはや、臭いをお届けできないのは、やっぱり残念(こだわりすぎ^^;)。

最後に、ちょっと素敵な写真を。
そう、水浸しだろうが、臭かろうが、アモーレの国ですから。
恋人たち

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【物語を遊ぼう】13.ロケハンと聖地巡礼:前篇 

【物語を遊ぼう】のちょっぴり息抜きバージョン。前後編でお届けします。
もしかすると、旅のおすすめ、みたいな回かもしれません。

旅の目的・テーマを決めるとき、物書きならやっぱりロケハンをテーマにしてはどうかしら、と。
旅と言っても、別にすごく遠くに行くばかりとは限りません。

最近ちょっとマイブームのロケハン。
映画やドラマの舞台を探すlocation huntingの真似事ですが、ただ町をぶらぶらするのではなく、あれこれ具体的妄想を頭に描きつつ歩くと、ごみ箱一つでさえも意味があるように思えてしまうのです。
私は関西在住ですが、真の事務所は新宿。
で、たまに友人の小説とちょっとコラボをしていて(これはいつか登場するのかどうかは不明です^^;)、じゃあ舞台をきちんと探していこう…ということになったのです。

そして始まった東京町散歩。
えっと、自分自身のロケハンなので、うちの小説の登場人物の例で失礼いたします(^^)

新宿二丁目、歌舞伎町、新宿西口…に始まったのですが(この辺りは複数回散策)、特に歌舞伎町はちょっと怖いので休日の朝歩くという…まだ昨夜の興奮?冷めやらぬ街の景色は、何だか独特のムードがありまして。
もちろん、真の時代は少し古いのですが、新宿歴史博物館もきっちり押さえ、本も購入。
真の事務所の場所も、真が時々行っていたバーも、ある人と雨宿りしたガード下も…
【雨】に登場するゲイバー『葵』(葛城昇の店)も、何かで出てくるに違いないコマ通りも(^^)
全部チェックしました。

真の祖父母が東京の定宿にしていたのが、白山のお寺。
ここに真は結婚後住んでいるのですが、隣に神社という描写があって、まさに白山神社。
白山~神楽坂あたりは、彼が犬の散歩およびランニングをしていたに違いない場所。
ランニング中に神楽坂をテリトリーにしている誰かさんと鉢合わせとか、あるかなぁ?
よし、歩いて確認! みたいなのがロケハンの醍醐味。
おみせ
これは白山から少し歩いたところにあるお店(食事処)。
多分、歴史が古そうなので、真の生きていたころにもあったはず。
嫁とご飯食べに来たりもしたはず。で、誰かさんと鉢合わせ?
どんな顔するかな?…などなど、走る妄想。

竹流のマンションは築地の近く。もちろんレストランのための実益兼ねてこの立地。
彼のギャラリーとレストランは銀座なので、徒歩圏内。
同棲していた頃、真は多分川沿いをランニングしていたはず。

【雨】第5節には助平なおっちゃん(裏社会と表社会の繋ぎ目くらいにいる元警察関係者)が出てきますが、そのおっちゃんの事務所は帝劇の裏、とか、アパートは川口アパートメントだよねとか言いながら歩く。
などなど……

ついでに、真の故郷、浦河や牧場のあるあたりにも時々行ったりしています。特に四季の差が激しい地方は、いい季節だけを見ても意味ないし、と。
唯一、確認できていないのが冬の襟裳岬。
どなたか北海道の方に教えていただきたいと思うこの頃です。


思い起こせば、私のロケハンの第一歩はローマの町でした。
そう、ジョルジョ・ヴォルテラの町…でも、実はその時書いていたのが、真の息子・慎一(ピアニスト)の話で、このため(だけではないけれど)に私はザルツブルグ~ウィーン~ローマを見て歩いたのでした。
(今は流行らないのかもしれませんが、バックパッカーというやつですね)
でもあの頃、カメラはデジタルではなかったし、記録のように写真を撮るということはできず、記録より記憶と印象で勝負、だったような。


そしてそれから……最近は旅をしたから舞台に選ぶのか、舞台に選んだから旅をするのかは、微妙なときもあるけれど、テーマのある旅って結構楽しい。
結果的には、好きだから行く⇒ますます好きになってどうしても書きたくなる(私の場合は志明院がまさにそうです)ってことになる場合も。
もう一つ、シエナがありました。
シエナも、好きすぎて、ふたりに歩かせました。
【石紀行番外編】か何かでまたご紹介したいと思うのですが、我慢できないので?ここでちら見を(^^)

「世界中で最も美しい広場へようこそ」
イタリアに来てから時々不安がっている、まだ可愛かった頃の^^;真に、竹流が路地を抜けた瞬間に言った言葉。
シエナ
あの路地を2人は抜けてきて…そして塔の上からこの景色を…
(そのためにはかなり気合入れて塔を登らねばなりませんが)
カンポ広場
そう、貝殻型/扇型で、緩やかな斜面になっている広場なのです。
で、座り込んで、日長一日、人間ウォッチング……を何度やったことか。
他にあちこち行けばいいのに、なぜかリピーターになる私でした。
ここで町同士で馬に乗って騎馬戦みたいなお祭りで争ったりもする。
本当に、世界で最も美しい広場と思っています…もっとも、見た広場はごく一部だけれども。

こうやって、大好きな場所を舞台に使う…舞台に使うために、再びその目で見ると、また違う町の顔が見えてくる。道のごみひとつ、看板ひとつも、何もかも、物語の世界を構成するために新しい顔を見せてくれる。


ひとつ言えていること。
物書きにとって、ロケハンは楽しい!


後編は聖地巡礼です。

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【物語を遊ぼう】13.ロケハンと聖地巡礼:後篇 

さて、後編は聖地巡礼です。
予定外に長いです(タルコフスキーで盛り上がりすぎて…^^;)。ごめんなさいm(__)m

聖地と言えば、ドラマや映画、小説の舞台・ロケ地のこと。そこに行くというのが聖地巡礼なのですね。
韓流ドラマに嵌って、雪だるまでチュウのあの公園に行った方も多いに違いない……
ファンにとってはたまらない場所、そしてその特別な場所で過ごす時間は至福のひと時、であります。
日本では『東京ラブストーリー』愛媛県のどこかの駅(すみません、よく知らないんです…)とか、でしょうか。

私たちがまだ若いころ、『南京路に花吹雪』という漫画がありまして、大いに嵌った私たち、何年もたって上海に行く機会があった時、友人が「南京路で花吹雪(=紙吹雪?)やりたい~」と叫んでいました。
本当にやったら、『当局』につかまっていたと思われます。
(当時、上海はまさにバブル夜明け状態で、町をきれいにしようキャンペーン中。道に唾を吐かない、ごみを捨てない、ごみ箱でおしっこしない(子供は股割れパンツ穿いてましたからね)、などなど7か条の条例ができて、破ったら罰金か禁固だった…今も?)


さて、私にとっての聖地巡礼。
それはタルコフスキーが映画を撮った舞台を見に行くことでした。
多分、あんなところまで行った日本人は多くはないだろうし、もしかしていらっしゃったら、語り合いたいくらいです。

と、その前に、アンドレイ・タルコフスキー
生涯にたった8本の映画を残して、亡命先のパリで亡くなったロシアの映画監督。エキセントリックな監督で、『鏡』では自分の母親の思い出を撮るのに、故郷の景色を再現するために麦畑を一から植えたり(しかし、これはすごいシーンだった。女性=母親が家にいて、医者だったか男が帰っていく、目の前に一面の麦畑、風がだだっ広い麦の畑をザーッと撫でていくんです。あの時私は、映画の画面から風が吹いてきたと感じて…これは神の息吹だと思った。今思い出しても鳥肌の立つシーン)、『サクリファイス』ではセットの家をラストで燃やしているんだけれど、カメラが回ってなくてもう一度きちんと建て直させて、また燃やしたり(ちゃちなセットでは許せないと)、『ノスタルギア』(邦題ではカタカナでは『ノスタルジア』ですが、タルコフスキーがロシア語で『ノスタルギア』と呼んでほしいと言っていたというので)ではろうそくの火を消さないようにして、ある場所(バーニョ、つまり風呂なんですね。古い公衆浴場=温泉の水を抜いたところ)を端から端まで歩く、消さずに歩けたら世界を救うことができるみたいな話で…その気の遠くなる長時間の撮影にしても、正直、周囲の人間は迷惑だったろうな、と思うエピソードばかりです。黒沢明が大好きで、日本も好きで、首都高をワンシーンに使ったり。
ある映画評論家に、自分が死んだら「回想録にどうしようもない暴君の監督だったって書くなよ。生きているうちにそれはさんざん言われたから」とか言ってみたり。
『芸術至上主義』で、多分近くにいたらかなり迷惑な監督だったかもしれないけれど。
でも、残された映像は、ある意味鬼気迫るものがあって、本当に素晴らしい。

「僕と君たちの間には秘密がなくてはならない。君たちに何もかも分かってしまってはいけない。君たちは不明な状態にいなくてはならない。すべては意外で、予測できず、興味を引くものでなければならない。君たちはちょうど恋をしているようでなくっちゃね。最後の場面で死ぬということが最初の場面から分かっていて、どうやってまともに演じることができる? つまり最初のシーンと最後のシーンとの間に起こることは全て嘘になってしまうだろう」
タルコフスキーが役者たちに語った言葉。
これって、映画監督と観るものの間にも成立することだし、書き手と読み手の間にも成立することですね。

あるいは彼の父親、詩人のアルセイニー・タルコフスキーの『最初の出会い』
『出会いの一瞬一瞬を
 神の出現のように祝った……』
タルコフスキーの映画は、まるで父の詩を映像に刻み込んでいるみたいです。
そう、彼は映画を『刻みこむ』と言う表現で語っていました。

あぁ、タルコフスキーの話をすると、際限がなくなり、人を退屈させるので、このあたりで。
私の本棚のタルコフスキーコーナーでお察しください…^^;
タルコフスキーコーナー


『ノスタルギア』『サクリファイス』はやはり彼の最高峰だったと思うけれど、個人的には『アンドレイ・ルブリョフ』が一番好き。あの、ラストでイコンがカラーになる瞬間、何度見ても背筋がぞわぞわするのです。
そう言えば、大和竹流(修復家)がイコンに造詣が深いのは、もう完全にこの映画の影響です。


さて、そのタルコフスキーの『ノスタルギア』のファーストシーンで使われた礼拝堂と、ラストシーンで使われた教会に行ってきたのです。
言うのは簡単ですが、もちろん観光案内書には載っていない。タルコフスキーの本で町の名前を確認し、本の中に載っていた車で行ったという人のコラム(当時はネットなんてありませんでしたから)を読んで、イタリアの細かい地図を取り寄せて鉄道が走っているかどうか確認し、調べたけれど、結局わかったのは町の名前と路線図だけ。そもそもイタリアは駅から町まで遠いことが多くて、しかも彼が映画を撮った町自体には列車は通っていない。とにかく、地図上の最寄り駅で降りることにした。
分からんけど、とりあえず行ってみようと。きっと行けばわかるだろうと…あの頃、本当に無謀だった私。

ファーストシーンで使われた礼拝堂は、フィレンツェからローマに向かう列車を途中下車し、ローカル線に乗り換えて、ある駅で降りて、駅員さんに聞いて、結局目的の町・トゥスカニアは古い町と新興住宅地が並んでいて、その新興住宅地に向けてバスが通っていることが判明。
駅から半時間(もっと?)ほどバスで移動。移動中には道路を横断する羊さんの群れ(むろん、羊優先)やら、耕された土が湿った茶色や乾いた灰色になっていたり、緑の牧草地があったり、の私の大好きなイタリアの田舎の景色。

あ、そう言えば、私この電車移動中に帰りの航空券を落としまして…もうイタリアに住めってことか?とか思ったけれど、本当に田舎町の駅員さんは優しかった!
何と、あちこち電話をかけて、ローマに向かって行ってしまっていた列車の中を探してもらってくださり…私は無事に日本に生還したのでした。
その時、言われた、忘れられない単語。
Domani, tirare(多分、辞書を引っ張り出した私が、動詞の活用を分かっていないと気が付かれたからか、原型でおっしゃられた)…その後、真面目にイタリア語を勉強し始めた時、この単語は心の灯りみたいだった。
『明日、引き取りにおいで』
special thanks2
その時の駅員さんたち。きっとこの方々は、私が今でもものすごーく感謝していることを、ご存じないだろうなぁ。

忘れられないのはバスの中。珍しい乗客にバスの中は騒然…『どっから来たの?』『日本』『何歳?』『○○歳』『どこ行くの?』『バジリカ・サン・ピエトロ』…そして、随分走った時…バス中の乗客がみんな、窓の外を指差して『バジリカ・サン・ピエトロ!!!』と大合唱。
丘の上に建つ寺院と、笑顔いっぱいで見知らぬ異邦人にあれがそうだよ、と教えてくれた人々に大感謝でした。

ついでに、行くまでホテルがあるかどうかも分からなかったのですが、何とか発見。と言うより、ほぼ開店休業の宿が1軒のみ。え?客?と、明らかに戸惑っている様子。
ぼろぼろのホテルでした…長期にわたり客を泊めた気配がない^^; 取りあえず雨風がしのげる、でもシャワーしたらバスルームどころか、部屋全体の床が水浸し…でも映画みたい~(タルコフスキーの映画にはやたら水のシーンが多い。これはもう神の配剤?)とか言ってはしゃいでいた私…今だったら絶対怒るに違いない^^;

2泊して、本当に何回も礼拝堂に通いました。
この地下の礼拝堂、歩くと柱が移動していくみたいなのです。静謐で、何もなくて、ただ柱が並んでいる。
バジリカサンピエトロ
バジリカサンピエトロ
日付を見ただけでも、びっくりすると思いますが、なんと3日間も通っていた私…
学生って本当に、金はないけど暇はあった…宿泊はぼろホテルか修道院、電車はユーレイルパス。
懐かしい。

映画で使われた時はこのシーン。懐妊を望む女性のための祈祷が行われていた。実際には、タルコフスキーは祭壇の絵は別の教会から借り受けて使っていました。その教会は、たしか北イタリアのどこかにあったはず。
タルコフスキー

教会はいつも扉が閉まっていて、門番のおばちゃんがいて、鍵を開けてもらうんです。
1日に2回も行ったりしていたので…最終日はもう、別れがつらくて。
『Io, qui』おばちゃんの言葉…私はここにいるからね、と。またおいでね、と。
special thanks
結果的には再訪できていないし、この方ももういらっしゃらないかもしれないけれど……私が本当はもう一度お顔を見たいなぁと、今でも思っていることを、この方もご存じないだろうなぁ…

多分、どうでもいい人にはどうでもいい場所なんだろうなぁ……(と、いきなりしみじみ)^^;
でも聖地って、そんなものですよね。

ラストシーンの教会はサン・ガルガーノ。
こちらはシエナから1日数本しかないバスに揺られて1時間ばかり…だったかな。
帰りのバスも1本か2本しかなくて、まぁ、よく行ったものだと。海外で運転に自信がある人は、レンタカーをお勧めします^^;
ただ、こちらはきっと、写真などで見た方もあると思います。

サンガルガノ
サンガルガノ
いやもう、素晴らしい。屋根のない教会です。金がなかったので、売っぱらったとか言う話。
バスの本数があまりにも少ないので、朝着いたら、あとは夕方のバスの時間まで、何もない教会で1日過ごしました。
(あ、びっくりするトイレの話。またいずれ)
長くいると、太陽の加減でこんなにも写真が違っている……

そして映画ではこんなシーン。
タルコフスキー
イタリアの景色(教会だけど、屋根のない廃墟…実はちゃんと修道院として機能している)の中に、ロシアの風景。
亡命したタルコフスキー自身のノスタルギアを感じるシーンなのです。

実はあまりにも感動して、これはイタリア旅行の真と竹流(真18歳、高校卒業から大学入学までの間の1か月のハネムーンですね…いえ、まぁ、そんなこともあったと^^;)に、この地に立っていただきました。聖地巡礼かつ、結果的にロケハンということに…(いずれ【雨】の回想シーンで登場)
その時彼らが寝転がっていたのが、この教会の裏手。
サンガルガノものすごく小さく、うちの母が座っています(^^)

ちなみに、滅多に見かけない旅行者を見ると確認したくなるんでしょうね…
必ず田舎のバスでは乗客の皆さんから質問攻め:『どこ行くの?』
で、私は答える。『サン・ガルガーノ』…着いたら教えてくださいとバスの運転手さんに言ってあるんだけれど、結果的に必要はないんですね。
だって、乗客のみなさん、私の行先をしっかりチェックしていて、近づいたら口々に(この時は輪唱のようでした)『サン・ガルガーノ!』『サン・ガルガーノ!』
…え?と戸惑っていると、窓まで引っ張って行かれて、指差してくれる。
バス道の車道からは、遥か彼方にちっこく見える寺院。

トスカナの田舎は私にとってベストな場所(精神安定という意味で…)。人為と自然が程よく入り混じり、緑の丘が重なり合って続き、その空と地の境界をバスで走って行く……風の匂いも、空と小麦畑やブドウ畑の色も、果てない地平線の向こうも…何もかも。

この旅の話、話せば長いことながら、なので、またそのうちに。
聖地と思っているからか、その地で出会う人はみんな優しく、私はこの場所に好かれている、私もこんなに恋焦がれてやってきたのだから、とご都合主義的に思っちゃうのでした…(^^)



考えてみれば、観光地の多くは歴史的背景のある場所で、ある意味、普通に観光地に行けば聖地巡礼ともいえるわけですが……

私の場合、他に訪ねたことのあるマニアックなところは、『オルフェウスの窓』のレーゲンスブルグ……これはウィーンから一人、てぽてぽと電車に乗って、本当に大丈夫かなと思いながら行きました。もう、どこにあの音楽学校が~という感じで、少年合唱団(ウィーンとは違って声変わりしても歌える)の歌に感動したりしながら。

他には坂本龍馬脱藩の道(諸説あり、2か所ほど行きました)でしょうか。こちら、檮原は何度も行っているのです。でも、これは歴史上の人物なので、今回はちょっと話の筋から外れるかな。実は龍馬友の会の幽霊部員?の私…^^;
あ、鬼平の舞台は歩きましたよ、もちろんです(^^)
池波先生のお気に入りのお店も、そして山の上ホテルにも泊まりました…でも、これはマニアックというほどのこともなく、鬼平ファンなら誰でもやりたくなりますよね、うん(^^)


そして、ロケハンと聖地巡礼の旅はまだまだ続くのであった……(*^_^*)

自分なりのこだわりの聖地、皆さんはどんなところに行かれましたか? あるいは行きたいですか?

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2013/5/7 津軽からの帰還(1) 

あまりこのブログで三味線のことは触れまいと思っていたのですが……
まずは、三味線の運び方から。
出発のご挨拶で、三味線を畳んで運ぶ、というのをお目にかけましたが、普段は下のようなケースで持ち運びしています。
かばん
畳むのは、竿が弱いので、衝撃でどうにかなったら困るから、なんですが、さすがに近隣の移動にいちいち畳んでいたら大変でして……
普段は、長いままで糸を張っております(多少は緩めることはありますが)。
一度畳むと糸を張りなおすことになりまして、しばらくの間、音が落ち着かないのです。
一曲も弾かない(叩かない)うちに、音がずれてきてしまう。
で、車の時は上の四角いケースで(肩にもかけれるんですけど、重い…)、電車移動の時はもっぱら下のリュック型を利用しております。
リュック型のはギターっぽいけれど、上の部分は糸巻の分だけ幅があって、下の部分はギターより細身。
ちなみに、一番気を使うのはやっぱり皮。
津軽は猫ではなく犬ですが、猫より野太いとはいえ、いい音を出そうとぴんぴんに張ってあるとすぐ破ける。
ぼこぼこに張ってあったら破れないけど、音は無残…です。
ちなみに、破れる前には妙にいい音が出る、という。断末魔??
ちょっと濡れたら一巻の終わりなので、よくカラオケの映像なんかで海辺で吹雪の中で弾いてるのとかありますが、絶対無理。ま、イメージは分かりますが(^^)
『吹雪の音を聞け~!』みたいな楽器ですから……

さて、津軽で仕入れてきた写真などを。
GWには青森、弘前、金木と、大会が目白押しです。
民謡の大会もあって、周囲は賑やか。でも、今年は桜が遅くて、北国にとってはちょっと寂しいGWになっていたようです。
クラシックのコンクールとかと違って、なんでも来い(来るもの拒まず)的なところがありまして、先着順の自己申告制。出ようと思えば出ることはできる、みたいな感じです。
もちろん、A級ともなると、そうそうたるメンバーが出ております。
半プロのような人ばかりで…とはいえ、この世界、どの人がプロでどの人がプロでないのか、よく分かりませんが……
三味線人口、近年は青森の人より、県外の人のほうが多くなっているという話もあります。
青森の中ではやはりいささか家元やら流派やらややこしそうで、若者が少し減っているかも、と。
県外の場合は、その辺少し緩やかなので、とっつきやすのかもしれません。
そもそも基本が唄付けの前奏部分が独立した即興曲、というのが大会では多いので、決まりごとが少ないのが魅力かもしれません(ないわけじゃないけど)。唄付けとなるとまた大変ですが。
でも、地元の高校生や大学生で部活やサークルなどで始める人はそれなりにいて、とてもいいことだと思います(*^_^*)
津軽のリズム、それはやっぱりあの方言の間合いから生まれてくるものですし。
私たちは、所詮大阪弁の三味線……
金木大会

こちらは五所川原にある民謡/酒場です。
だだん
だだん
弘前や青森にもいくつかあります。
ご旅行の際にはぜひ、訪ねてみてください。

あるいは、ホテルや電車の中(五能線の中!)、駅前でも聞くことができます。
鰺ヶ沢のホテルでも、ロビーで演奏がありました。
この方、すごいです。自分で唄って弾いて、なんと太鼓は観客にその場で教えて手伝わせる。
民謡なんてやったこともない人間の太鼓で、ってやりにくいとは思うのですが……
エンターテイナーでしたね。
グランメール
ついでに、五所川原市内では12時に三味線の演奏が流れます。時報代わりです。

次は、津軽のパワースポットへご案内です。

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2013/5/8 津軽からの帰還(2) 

橋
ここは五所川原市の鶴田というところにある、日本で一番長い木の橋=ながーいきの橋=鶴の舞橋のたもと。
300mあるそうで、3つのアーチがあって、鶴が羽を広げているようだというのでこの名前です。
地元のおばさまたちが集まっておしゃべり中。もちろん、ばっりばりの津軽弁。
(どうやらシルバーボランティアか何かで、清掃中のよう)
よく聞くと、高齢者保険制度の話で、「おめ、今年でいくつだ?」とか言いながら談義中。
かなり深い内容でした。
ちなみに、車であちこち連れて行ってくれたのは青森県人なのですが、彼ら曰く『青森県人と関西人には何か通じるところがある』と。う~ん、確かに。青森県人、結構突っ込むし、早口だし、政治批判好きだし、知らん人と普通に会話するし(田舎ってどこでもそういうところはあるかもしれませんが)。
ちなみに橋はこんな感じです。
橋

実は三味線を始めてから、東北の歴史を勉強し始めまして、その中で、網野善彦先生と赤坂憲雄先生の本をずいぶん読みました。歴史学は民俗学から切り離してはいけない、というのがお二人の御意見で、東北の歴史を学んでから、若い時に習った日本史は西国の歴史だ、ということを改めて感じました。名前を変えながらも続いた朝廷の歴史から見ると、まさにここはまつろわぬ最果ての国。
でも、縄文遺跡は西国ではなく東国~北国に圧倒的に多い。縄文時代と弥生時代は単に土器の名前からついているだけで、後先についてはもう云々するのは間違っていると考えられますが(縄文→弥生、という単純な流れではない)、はっきりとした四季のある東国には白神山地に代表される落葉樹の素晴らしい森があり、ここが生命をはぐくむ大地・大自然で、狩猟や採集という生活の基盤が成立したのは、この豊かな森があったから。だからマタギという仕事も現代まで綿々と続いていたわけだし、一方で縄文文化だからって農耕をしなかったわけでもないし。
西国は大陸から多くの文化や渡来人が入ってきて、その関わりの中から文化・文明をはぐくんだと思うけれど(だから日本独自っていうものは本来は存在しない)、そもそも東国だって大陸には大いに近かったわけで、その交易の広さは半端ではなかった。陸は危険だらけだったから、海から移動するのが当然だった時代、日本海側の沿岸は大陸に大きく開いていて、そこにある国々はとても近いお隣さんだった。日本の中で唯一ミイラの文化を残していたのが奥州藤原氏。ミイラは大陸から伝わったとされていて、日本のほかの地域にはこの風習・技術はなく、これは大陸との交流の名残だと言われています。
東北学および津軽学という雑誌も購読して、あれこれ勉強したら、歴史って本当はもっと面白かったんだ!と思いました。
ちなみに、縄文人にはほとんど虫歯はなかったそうで…虫歯ができるようになったのは甘い炭水化物を食べるようになったから。実は、彼らはこのことを知っていて、あえてそういうものを食べなかったのではないかという研究もあります。

長くなるので、このあたりで一旦休憩。
鰺ヶ沢(津軽半島の付け根、西)の海の青で目を癒してください。この家の屋根が、なんとも北国っぽい。
そしてこの家と手前の土手の間を、かの有名な?五能線が走っています。単線です。
鰺ヶ沢

さて、東北の文化を民俗学的視点から学ぶと、そこにはあるキーワードが出てきます。
死者との距離。
これが本当に近い。
高校生の時、修学旅行で恐山に行きました(生徒が自分たちでコースを決めた…不思議な学校だった)。
その時、私はここは『あの世だ』と思った。
この世にあの世が普通に混じり合ってそこにある。
あの世って、なんだ、結構普通に近いんだ、と思って、怖いというよりも納得した感じだったのを覚えています。
ちなみにイタコというのは、実はかなり職業的に訓練された人たちで、呪い師とは意味が違う。
嘘か真かは別問題として、死者を下してもらうことで、もう一度死者と語り合おうとする感覚、死者はあっちへ行ったのではなく、とても近い『そこ』にいる感覚、その死者と語ることによって今生きているものが、失ったものへの哀切を乗り越えて(あるいは抱えながら)命を先へとつないでいくための道しるべを与える、そういう職業なのだと理解されているようです。
ちなみに案内してくれた青森県人(アラフォー夫婦)も、子供のころ、おばあちゃんとかについて行って、おじいちゃんとかをオロシてもらった場に居合わせたとか。信じるわけでないけれど、あの時家族にとっては、亡くなった人の声を聴くことは必要だったと感じているのだとか。

あの世は結構近い。
実はこの感覚、四国を歩いている時も、和歌山を歩いている時も感じました。
そう思ったら、この伝説の地には必ず、弘法大師の足跡がある……御縁ですね。

金木には川倉地蔵尊というところがあります。
実はこの世にあるあの世、賽の河原としては恐山よりも古いと言われています。
川倉
このお堂の中には、お地蔵さん、そしてその後ろに小さな石の地蔵さんがずらり…たとえて言うと、三十三間堂の千手観音さんの並びみたいな(もっとたくさん)感じです。服を着て帽子をかぶせてもらっています。
子どもたちのためにお供えされたお地蔵さん(あるいは子供たち自身)なのです。
これは子どもを亡くした親御さん方が、子供のために草履や手ぬぐいや、生きているときに使ったもの、生きていたら使ったであろうものをお供えしたお堂です。
堂内の写真は、親御さんたちのお気持ちを思うと、敢えてここに載せることはしませんが、『川倉地蔵尊』で検索すると出てくると思います。罰は当たらないと思うので、よろしければご覧ください。
私はちょっと…心に仕舞っておきたいので。

お供えされた草履や手ぬぐいにはひとつひとつ、子どもの名前と住所などが書かれています。
草履は三途の川を渡るときに必要だから、手ぬぐいは寒さを防ぐための頬かむり。
この名前が書かれてあるということが大切。子供たちが、三途の川を渡るときに、どれが自分のものかすぐ分かるように、ちゃんと名前を書いておいてあげなくてはならないのです。
(と、事務所の方が教えてくださいました)
賽の河原
外は斜面になった道が続き、その道に同じように小さなお地蔵さん、そして祠の中にもお地蔵さん。
堂内の沢山並んだお地蔵さんもみんなこんな感じです。
賽の河原
ここが岸辺になります。湖があるのですが、三途の川に見立てられているのでしょうか。
川倉
子どもを亡くした人が、みなここにお地蔵さんを奉納していくわけではありません。
実は、傍に置きたくて、家に同じような祠を造って毎日『会っている』人もいる。
でも、その親御さんが年老いて、あるいは亡くなって、この地蔵尊に後を託していくこともあるそうです。

また、別のお堂には、花嫁人形やお婿さんのお人形がずらりと並んでいます。
なくなった子供がその年になった時、女性には花婿を、男性には花嫁を娶わせてあげるのです。
その相手に見立てたお人形です。
親同士がお見合いのようなものをするところもあると聞いています。
いわゆる『冥婚』ですが、もう少しおっかない場所なのかと思っていましたら、何だか暖かい、明るいところでした。子供を亡くしてもそこで終わりではなく、娶わせて伴侶を見つけてあげるまでは親の責任は続いているという考え、そこには自然な親御さんの愛情が溢れていると思いました。
実は、これまでたくさんの死を見てきたので、この場所に来て、何だかとても安心しました。
安心、というと変なのだけど、ほっとしたというのか。
親御さんの愛情で、みんな迷子にならずに自分の名前を見つけらるんだと思ったのです。
心から、手を合わせたいと思います。

観光地ではありませんし、ご供養に来られる方がほとんどですが、ここに来ると心に感じるものが必ずあると思います。静かに手を合わせたい場所です。
金木の斜陽館(太宰治の生家)、三味線会館の近くです(ちょっと遠いけれど、歩けなくはない)。

長いので続きます。

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2013/5/8 津軽からの帰還(3) 

さて、続きを書いたのに、消してしまってショックのあまりしばらく放心……
気を取り直して、続きに参ります。

津軽のパワースポット、ということで今回の記事を書かせていただいておりますが、書いたものが消えてしまったのは、やはりあまり歓迎でないからなのでしょうか…いささか不安になりながらも、敬意をこめて記事を書きたいと思います。
大石神社
この場所にたどり着くのは結構大変だったのです。
何しろ看板がなくて、地元の人も迷子になるという。そして、岩木山登山百戦錬磨の別の津軽人に何度も電話で問い合わせながら、たどり着きました。この辺はまだ雪が少ないのですが、本堂の前は雪が積もって、近づくのが大変でした。雪解けは地面に接したところが解けてくるようで、雪の下には水が流れている。下手に踏むと、ずぼずぼと嵌ってしまって、ふくらはぎ半分くらいまで雪の中に……しかも下は水でべちょべちょ……道路らしきところは川のようになっていたり。
しかもこの鳥居。下の写真のように、鳥居の笠木が落ちているところも。これは雪のせいでしょうか。それとももう何年もこのままなのでしょうか。人気はまるでありません。本堂もシャッターが下りている。
山開きが5月1日ということなのですが、今年は寒いので、まだなのかもしれません。
大石神社
大石神社
この可愛い後ろ姿は狛犬さんです。神社の名前は大石神社と言います。

この神社の祭神は高御産巣日神(タカミムスビノカミ)と神産巣日神(カミムスビノカミ)。『むすひ』というのは生産・生成の意味で、これは二人の神様が対となって、男女の結びつき、安産・縁結びの神様となっているようです。
そういうわけで、ある松の木に18禁なものが……松の枝の一本が上を向いているので、それを削ってある形に整え、その上に杉の葉を置いて、下に鈴が2つ……神社の拝殿のように紐がついていて、この鈴を鳴らすことができます……やっぱりここに載せるには図柄に問題があると思われますので、ご想像ください^^;
これで子宝を願うわけですね。

岩木山というのは山岳信仰の霊地ですが、大きな岩を意味する山。実際9合目から上は完全なるロッククライミングで、岩がゴロゴロです。
この大石神社もご神体は大きな石。かつては千引大明神と呼ばれていたともいいます。千引石というのは、イザナギが黄泉の国を脱出する時、黄泉比良坂の登り口を塞いだという大きな石のこと。黄泉の国から追いかけてくる悪鬼の道を断ったという石です。
大石神社
石龍神
石の傍には、龍神の鎮座ましますところ、と書かれた立札。この川がまさに龍神です。

そしてまた、ここには馬が祀られた祠が数十もあります。
馬は農耕にも使われて、人の身近にいたというのもあるのでしょうが、龍神の好物だったという話も……
実際、大陸的な呪術では馬の首を切っていけにえにしたというお話も。
馬の祠
馬馬
比較的リアルな馬もいますが、なぜか妙に色気のあるチャーミングな馬さんも……

山開き後はもう少し人気のある神社なのでしょうか。
今のところ謎です。
さて、この神社は分岐点のようになっていて、ご神体(大きな石)はこの先にある赤倉霊場(赤倉山霊界)との境界石とも考えられているようです。

その赤倉霊場。
霊場?というと何だと思われるでしょうが、簡単に言うと、修験場みたいなところでしょうか。
神でもなければ仏でもない、新興宗教というわけでもなさそうで、でも拝み屋さんみたいな感じ?いや、それも少し違う?大いなる『何者か』の声を聞き伝えるために修行する人が集まる場所?
その人たちはカミサマまたはゴミソと呼ばれています。
いわゆる新興宗教と違って、集まっているけれど群れていない、ということのようで、それぞれ別の霊堂を建てて、そこに住まいながら自らの教義を編み出し、修行をされるようです。
しかしまだまだ雪下ろし中で、全ての霊堂は扉がしっかり閉められていました。つまり冬の間はカミサマたちも別の場所におられるようです。
赤倉
赤倉神社、赤倉山神社、といういくつかの神社と、なぜか四国八十八箇所の縮小版、弘法大師像、この赤倉に神社を建てよと夢でお告げを受けたという工藤むらさんの像、なんでもあるという感じです。
しかし、昭和40年代以降は新しい霊堂が作られることはないそうで(法律で定められたと)、これからはどうなっていくのでしょうか……雪でへしゃげた廃墟のようになっている建物もありました。
いい季節に行けば、少し印象も変わるのかもしれません。
弘法大師赤倉霊場
弘法大師の前にはじょっぱり(お酒。じょっぱりとは、津軽弁で意地っ張り・頑固者のこと…う~ん、ニュアンスは単なる意地っ張りじゃなくて、やっぱりじょっぱりとしか言いようがない)。右は工藤むらさんの像。
赤倉赤倉
赤倉山神社の雪よけ囲いの中。大きな草鞋もあり。
霊堂霊堂
霊堂のひとつ。下は、並んでおられる石仏。お不動さんやら大日如来やら。
赤倉
やはり観光でのこのこ行くところではないと思われますが、津軽の精神世界を垣間見る、不思議な場所です。
お邪魔させていただきました。ありがとうございます。


まだまだ続く。

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2013/5/9 津軽からの帰還(4) 

やっと最終回です。
ここでもパワースポットにこだわって、津軽をご紹介したいと思います。かなり、偏っておりますが^^;
しかし、まずは腹ごしらえ。津軽半島には十三湖という、宍道湖と並ぶしじみの生産地があります。
そこの特大しじみの入ったラーメン。卵と比べてみてください。
このラーメン、塩味で、かなり美味しいです。
『和歌山』というお店が地元人のお勧めです。
ちなみに、宍道湖ではしじみどんぶりが美味しかった。
しじみラーメン

では、高山稲荷神社へご案内いたします。
お稲荷さん
お稲荷さんですから、狐さんだらけ。
入り口にはこんな微笑ましい親子の狐さん……
実は私、これをウサギを捕まえたところかと勘違いしました…罰当たりですみません(;_:)
頑張って階段を上ると拝殿があり、周囲にいくつかの社があり、その先また階段を下りると、この光景です。
伏見稲荷ほどには鳥居がみっしりと並んでいるわけではないのですが、これは一見の価値あり。
高山稲荷
高山稲荷
高山稲荷
この鳥居を抜けた先に、古い祠や狐さんが置かれています。引退した祠などが全国からここに預けられるみたいです。
それにしても狐さんたちの表情の豊かなこと。
きつねさん

そして最後は、西の高野山、弘法寺です。
西の高野山
始め、北(もしくは東)にあるのに、何で西?と思いましたが(関西から見たらだめでした…)、これは極楽浄土が西にあるという意味で、津軽半島の西端にあるお寺だからなんですね。
ここには、ちょっと有名な『お休み大師様』がおられまして、そっとご挨拶してまいりました。
お休み大師
大師様の横には、なぜかこのカエルさん。ちゃんと阿吽になっているところがすごい。
カエルの狛犬版?
かえる
このお顔が何とも優しい像は、最古の弘法大師像と言われています。
五頭身くらいのお姿も可愛い(と言ったら失礼ですが)。
最古の弘法大師像最古の大師像
実はここは、川倉地蔵尊と同じように、やはり花嫁人形や花婿人形が奉納されるというお寺です。
本堂の脇には人形堂があって、入ることはできませんが、その心を感じることのできる場所です。
本堂


というわけで、津軽の精神世界の一部をお目にかけることができたでしょうか。
私は津軽人ではないけれど、この『あの世は結構近い』という感じ、『死者との距離が近い』という感じは、よく分かる気がします。ある人が亡くなった時、私も、その人がいるならあの世は結構いいところかも、と思いました。まだまだ語りたいことがあったからです。
ついでに、どうあっても池波正太郎先生をお探して、鬼平の続きを聞かなくちゃ!とか大真面目に思ったりもしています。
大事な人を亡くした家族やその周囲の人にとっては、死者がそんなに遠くに行ってしまったわけではないという感覚は自然であり、ここ津軽はそれを体感できる場所なのではないかと思うのです。
そして、これは死者のための場所でもあるけれど、残された生者のための場所でもあります。
三途の川を渡るときに、足が冷たくないように、怪我をしないように、草鞋にその子の名前を書いて置いてあげる、その子が小学生になるはずの歳になったら、ランドセルを贈る、妻を夫を得るはずの歳になったら花嫁人形や花婿の人形を奉納する、あるいは歳の見合った2人を親同士がお見合いして娶わせてあげる。
亡くなったところで終わったわけではない死者のと語らい合いができる場所です。
イタコ、というのは、そのきっかけを与えてくださる人なのですね。
そして、カミサマ。カミサマというのは人ですが、この世と大きな生命(それが何かは分かりませんが)を繋ぐ人であり、そうあろうと懸命に道を探す人であるようです。
ちなみに、津軽には道のあちこちに小さな祠があって、扉が付いていますが(冬は寒いので)、中には白くお顔を塗って、服を着たお地蔵様(のような)が並んでいます。道々、『お邪魔します』という思いで手を合わせながら歩くと、常に前を歩いてくださっているような、そんな気持ちがいたします。これはかつてこの世に生きていた人たちが道や辻で、生者を見守ってくれているということのようです。

では、またまた別の旅の物語でお目にかかりたいと思います。
次は多分石紀行。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございましたm(__)m

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NEWS 2013/5/29 探し物/ いつか出会うはず 

サンタフェ
ずいぶん以前にサンタフェに行ったことがあります。目的はただインディアンの世界に触れたかったから。
(インディアン、が良いのか、ネイティヴアメリカン、が良いのか、どちらがより差別用語的であるかということで議論されているようですが、結果的にはどちらも起源的には差別的な用語。彼ら自身は長くインディアンと呼ばれてこれが普通になっているので、とある本に書かれていたので、ここではインディアン、とします。本来はそういう統括的な呼び名ではなく、それぞれ~族と名前を持っておられるので、それが正解では)
多分、明らかにモンゴロイドとルーツが同じ民族と思える。
世界観も、自分の感じているものにとても近い。

サンタフェに逗留して、インディアンの遺跡をいくつか見に行きました。
石の遺跡は崩れていて、当時の面影はないけれど、これはそもそも『残す』ことを考えていなかったから。
彼らは、その土地に住むメリットがなくなれば、新しい土地に移動していったので、何百年も形をとどめる建造物を必要としなかったからなのですね。
サンタフェ

ペトログリフの中には渦巻の模様がいくつもあって、これは移動とか流転とか、を表している。
マヤの太陽の暦もそうだけれど、巡るもの、という感覚が常にあるのです。
文明は直線的に右上がりだと思っていはいけない、常に元に戻るのだと、彼らは知っている。
言い出したらきりがない話だけれど、その中には、もしかしたら次の太陽は巡ってこないのではないかという恐れも含まれる。
マヤやアステカの残酷とも言える生贄の儀式は、次の太陽に活力を与えるためのもので、現代の私たちからすればナンセンスなのかもしれないけれど、次の太陽のためには当たり前の犠牲だったんだろうな。
そもそも、平均寿命は20代とか30代じゃないのだろうか?
病気や餓え、戦争、もしかすると他の生物との戦い。

巨大な建造物が現代にまで残る文明、文字を残し記録を残した文明、それが必ずしも偉大な文明であったかどうかは一概には言えません。
ケルトにもアイヌにも文字はないけれど、大事なことは伝承として伝わった。
どれほど文字を操り、どれほど巨大な塔を築いても、それを統べる知恵がなければ、何にもならない。

サンタフェ
だからこの遺跡を見ると、これで良し、と思う。
よく『消えた○○文明』というのがあるけれど、消えたのではなく、移動しただけ。
その血や教えは、脈々と受け継がれている。

インディアンの考えでは、自然界のすべてのものに精霊が宿っているといいます。
これはアニミズムと同じ。
その精霊の人形をカチナと言います。
実は、かの地に行った目的のひとつは、私の精霊、私のカチナを探すことだった。
きっと見つけたら、何か心にひらめいて、私には彼が・彼女が分かるはず。

残念ながらその時は見つけられなかったのですが、きっといつか出会うはずと思っている。
私の生涯の探し物です。

サンタフェ

……って、まるで白馬に乗った王子様を待つ姫じゃありませんか!
しかも、巨大な建造物を否定したのは、スカイツリーとか見ると心拍数が上がるからでしょ(高所恐怖症なので)、とか言われそう。
ま、それは事実であります。
多分生涯、私はスカイツリーには登らない^^;



ちなみに、私のスピリット(守護霊じゃなくて、魂の連れ合い)はトカゲ。
ヒーラーの方にそう言っていただいて、それまでずっとトカゲが気になったり、結構好きだったりした理由が分かった気がしたのも、この旅でした。

ココペリ
あ、この子はココペリ。有名なインディアンの精霊です。
豊穣の精霊、男女の交合や子宝の精霊、いたずら者だそうですけれど。
ちなみに、これはTDLで購入した人形^^;

きっと生涯ずっと探し続けるんだろうな、と思うものって、何かありますか?

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【物語を遊ぼう】14.物語はストーリーかキャラか 

本棚

このネタはもう少し熟してからと思ったのですが、よく考えたら、意外に浅い内容なのではないかと思い始めまして、ちょっと書いてしまおうと。なぜ浅いと思ったのか、というと、自分の記憶力の問題が大きいのではないかと思ったりしたのですね。

物語を読む時、ストーリー重視かキャラ重視か。
もちろん、両方いいに越したことはないのですけれど、そんな100点満点の120点みたいなお話にはなかなか出会いません。
ちなみに私は書くときには絶対ストーリーテラーでありたいと願ってしまう。そして当然、玉砕するのですが。
ストーリーテラーの作家さんの書くものは『起承転結(+転)』という感じでしょうか。この最後の括弧内は、それ自体を『結』と考えることもできるのでカッコつきですが、最後に何か一捻りしてあって、いいところへ落として、楽しませくれる。
読んでいる間は本当に面白くて、まさにページをめくる手が止まらない。
多くのミステリーはまさにこの範疇に入ります。

でも、最近分かったのです。自分の記憶力のなさが……。
たくさん読んだミステリーの内容をほとんどを覚えていない^^; 気が付かずに二度目に読んで、途中で私この犯人知ってるわ…ってなことがしばしば。確かに面白いんだけど、何故か読んだ先から忘れていく。
複数回読めば忘れないかもしれない。あるいは小学生以来していないけれど、読書感想文でも書けばいいかもしれない。多くのブログさんで、小説感想などを載せていらっしゃるけれど、あれはもしかして忘れないため? 

だけど。
魅力的な人物(キャラ)、大好きな人物が何をして、何を言ったか、全部ではないけれど、覚えている。その人の人生が鮮烈であれば、そのことは覚えている。しかも一度きりしか読んでいなくて、それがたとえ20年前であっても。
そうか、記憶に残るのは『人』なんだ。と、わが身を顧みて思った。

今でも私の書きたい気持ちを支えているかの【戦争と平和】(トルストイ)にしても、ナポレオンの時代だということは覚えていても、下手すると舞台の背景さえ何も覚えていないのに、アンドレイ侯爵の死のシーンだけは鮮烈に覚えている。彼がナターシャに惹かれていく場面も、彼の人生がどう動いたかも、話すことができる。ナターシャは、私が読んだ小説の中でも相当魅力的な女性で、彼女の人生や言葉も、読んだのは20年以上前だけど、まだ覚えている。

【銀河英雄伝説】(田中芳樹)で、どんな戦闘があったのかは全然覚えていないけれど、ヤンの人生がどんなので、彼がどんなことをして、どんなことを話し、どうやって死んじゃったかはやっぱり覚えている。
(でもこの話は、男女で読み方が大きく違うんだろうなぁ。男の人は戦闘シーン、絶対面白いんでしょうね。いや、かく言う格闘シーン好きの私も、意外に楽しみましたが……(^^))

ちょっと身近な物語にしてみると、【新宿鮫】(大沢在昌)がすごいのは、警察小説としてかなりリアルであろうということもあるのだろうけれど、晶の存在が大きい。鮫島が一人で何やっていても、ひとつのよくできた警察小説で終わってしまったかもしれないけれど、彼女がいることで記憶に残った……ような気がする。

……枚挙にいとまがない。ちなみに、ここに挙げた小説は、特に私が好きで好きでたまらないというわけではなくて、記憶という意味で挙げています。
最近読んだものは、20年後の自分がおぼえているかどうかで、自分の中での価値が分かるのかな? もっとも、年々記憶力は磨滅しているので、自信はあまりないけれど。

本棚
本棚
というわけで、ストーリーは、現在進行形で読んでいる時には大事なんだけど、世の中にこれだけたくさんの小説が溢れていると、よくできた話だな、と感心することはあっても、複数回読まなければきっと覚えていられない。
しかも複数回読むことは、間違ってもう一度読んじゃった場合を除いて、まずはないと思う。

既に神話の時代から、物語は語りつくされたとまで言われている。よく似た物語やモチーフがたくさんあるし、もう斬新なストーリーなんてものは存在しないかもしれない、とまで言われることも。だから、書き手さんは、新鮮さを求めて一生懸命書き方を工夫されるけれど、新しいと言われる手法も、読んだその時はへ~面白いな~、で、やっぱり忘れちゃう(ごめんなさい)。どれほど手法をいじくられても、文学的に面白くても、読み手の記憶に残るかどうかはかなり微妙です。
以前『短編は難しい』で書いたO・ヘンリーの話などは、半分は勉強のつもりで、何度も読んでいるから覚えていられるのですが、一度きり読んだ『面白いストーリー』を10年後に覚えているか、と言われると、私の場合、まったく自信がありません。

大海、お前の記憶力は本当にニワトリくらいしかないのか(3歩歩いたら忘れる)、自分なんて読んだストーリーはきちんと覚えているし、書き手ならば当たり前だろう、と言われるだろうな、と思うけれど……

だって、忘れるのだから仕方がない。
でも、この記憶力の悪い私を物語に惹きつけ、側頭葉にきちんと居場所を作ってしまうのは、やっぱり魅力的な人物なのだと、最近は開き直っております。
心魅かれた人物は……ストーリーの細かい所は覚えていなくても、心にその人の存在が刻まれて、多分忘れないのです。

一読者としてみれば、とにかく魅力的な人物を、私が10年後も覚えている人物を、その人の言葉やその人の生き様を、私に語ってください、と書き手さんに願う。
一アマチュア書き手としてみれば、どれだけ魅力的な人物を書ききるか、そのことがすごく大事かもしれない、と思う。
だからこつこつと、『その人』のことを、今日も心を籠めて綴るのです。


…ちなみに、ストーリーかキャラか、優劣をつけるつもりの記事ではありませぬ(..)
もちろん、どちらも素晴らしいに越したことはないのですが……
あくまでも、私の場合(記憶力の問題?)ということで・・・
何より、時間を忘れさせてくれる、そして心にちょっと光を灯してくれる、そんな物語であれば、何でも素晴らしいと感じます。
現実の波は厳しいけれど、ひと時、物語の世界に遊びたいと思うのです。
だから、本音を言えば、その場所へ連れて行ってくれる作家さんは、プロでもアマチュアさんでも、関係なく有り難い存在です。


(以下、蛇足)
ちなみに、本棚の片隅に、バイブルのように置いてある本は、浅田次郎さんの『霧笛荘夜話』と村山由佳さんの『星々の舟』。
いつか私もこんなふうな物語を綴りたいと思っている、憧れの物語の『形』なのです……

あ、別格の【鬼平犯科帳】は神棚です(*^_^*)

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【物語を遊ぼう】15.名シーンを書きたい:北の国から'98時代 

キンケイギク

名シーン、と言われたら、皆さんはどんなシーンを思い浮かべますか?
実は、この季節、ある花が道のわきに、どこにもかしこにも咲き競っています。
黄色い花。金鶏菊という花です。
この花を見るといつも思い出すのが、【北の国から】のあるシーン。
そして先日、拙作【幻の猫】にご登場いただいた八少女夕さんちの大道芸人さんたち。彼らに演じていただいたパフォーマンスのテーマが『百万本のバラ』だったのは、ひとえにこの花のせいなのです。


【北の国から】は1981-2002年にフジテレビ系列で放映されたテレビドラマ、もちろん、知らない人はいらっしゃらない・・・でしょうね。一人の役者、特に子役からずっと大人になるまで、長い年月をかけて役者を変えずに撮り続けた倉本聰氏の発想はすごいと思うけれど、なかなか大変だったろうな、と思います。
(おかげで、途中からわが愛する?正吉君は姿を消し……役者さんが一般社会人になったので…)

このドラマにはもちろん、あれこれ名シーンや名セリフはあるのですが、『'98時代』で不倫相手の子どもを身ごもっていて、一人で生んで育てるという蛍に、幼馴染の正吉がプロポーズするためにオオハンゴンソウを刈っているシーンは秀逸です。
ワンカットで秀逸、と言えるシーンが切り取られている。

正吉にとっては、蛍や純は家族同然、五郎は父親とも思っている、家族が困っている時に助けるのも当然。
そこへ兄貴分の草太の追い討ち。「正吉、お前蛍が嫌いか?」「そんなことないけど」「そうだべ、好きだベ、ほんとは惚れとったべ」…そう、ほんとはずっと好きだったんだよね、もちろん妹のようでもあるし、恋人のようであるし、家族と言っていい。ま、草太のほとんど思い込み的押しもすごいけれど。

決心してプロポーズしたけれど、蛍も簡単にはうんと言わない。正吉は、離れて暮らしている母親・みどり(水商売)の店に行って、『百万本のバラ』の歌を聞く。
お前も男なら押しまくれ…とかなんとか言われたんじゃなかったっけ? いや、みどりさんは五郎に申し訳が立たないことをしてきたと思っていたから、馬鹿言うんじゃないよ、とか言ったんだっけ?(記憶が曖昧)

計算したら、100万本のバラを買ったら4億?5億?……計算器を投げ捨てる正吉。
けれど…心に残ったんでしょうね。ある時、仕事中に丘一面に咲き乱れるこの黄色い花(彼は名前は知らない)を見て、これなら自分にも何とかなる、と。
そして、仕事の後、休み時間に、ひたすらオオハンゴンソウを刈りまくり、刈った先から蛍に送り届ける。周りの人間(含む・純)が何をやっているのかと不思議に思って尋ねると、「俺の趣味だべ」(この返事がいい!)
蛍の部屋はもうまっ黄色になるほど花に埋もれている。花粉症にならないかしらと心配するくらい。だって、部屋はバケツから何から水を入れられるものには全て水を入れて、花を生けて、身の置き所もないくらい。
蛍ちゃんもまぁ、捨てないんだなぁ、と感心してしまう…^^;


そして……蛍ちゃんの押され負けですね。
おなかにいるのは自分の子だと、五郎に宣言し、結婚の許可を受ける正吉はやっぱりかっこいい!!

さて、この一生懸命オオハンゴンソウを刈っている正吉が、ふと夕陽の中で手を止め、夕陽で黄金に染まった空を見るシーンがあります。
夕陽に照らされた丘、咲き乱れる黄色い花がその夕陽に照りかえり、あたりは黄金の世界となっている。そして本当に自然に、彼はその世界に向かって、手を合わせるのです。
何を思っていたか、蛍のこと、彼自身の血のつながりのある家族・血のつながりはないけれど大事な家族、将来のこと。でも、きっとそんなのではない。ただ、この世界が美しいと、体の芯から、心の奥深くから感じて、湧き出すような想いに突き動かされて、ただ自然に手を合わせたのだと思えます。

まさにミレーの晩鐘のシーンです。


小説は分が悪いですね。
ドラマや映画は映像だから、いくらでも名シーンを思い浮かべられる。
映画のラストシーンなんて、心に残るように作ってありますものね。キスの嵐の『ニューシネマパラダイス』や、いきなりセピアの映像がカラーになってイコンを舐めるように映す『アンドレイルブリョフ』とか、もう反則だとか思う。
視覚というのはやはり強烈です。
小説は文字だから、そこに読者の想像にお任せ、という高いハードルがある。
文字で記憶に残るシーンを書きたくて、描写しても、描写しても、なかなか自分の描きたい感動を伝えられない。
でも、だからこそ、果敢に、心こめて闘うのですね。
ちなみに、力が入ると、文章が短くなるのって、不思議ですね。
一応頑張った私の名シーンならぬ、迷シーン、【海に落ちる雨】や【清明の雪】【雪原の星月夜(まだ仮題)】でお目にかけることができれば嬉しいですが。


キンケイギク

さて、振り出しに帰って。
え? オオハンゴンソウ? キンケイギクって言わなかった?

そうなんです。
実はうちの近くにはオオハンゴンソウがないのです。オオハンゴンソウ自体はもともと北米の花。日本に帰化し、北海道から沖縄まで自生している花で、あまりにも邪魔なので外来生物として引っこ抜かれたりもしている、どこでもよく見かけるのに、何故か近隣にはないのです。
ちなみに、オオハンゴンソウの写真はあちこちにいっぱい出ているので、見てみてください。
花は真中の芯の部分が全然違うし、葉も、そもそも種類も別物なんですけど…

で、『黄色くて、群生してたくさん咲いている(そこだけ一緒^^;)』花をみて、違うんだけど、『見立て』て楽しんでいる大海なのでした。
日本人だから、見立てが好きなのです(^^)
もちろん、毎日『百万本のバラ』を口ずさみながら。
季節もちょっと早いけれど。


名シーン、挙げたらきりがないけれど、心に残るシーンをふと思い出すとき、なんだかとても暖かい気持ちになりますね。
あんなシーンを書きたくて、頑張っている、と思うから。

おまけ。
ねこ
…キンケイギクの写真を撮っている時、目が合ったねこさん。
男前? 若猫を2匹連れていたから、お母さんかな。

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NEWS 2013/6/24 織田信長が見た景色 

hikari
長野県某市の某屋上から見たある日の夕方の景色。
高い建物はほとんどなく、畑や田んぼと家が平たんな土地に並び、その向こうに日本アルプス。

最近思うこと。
生まれ育った土地、今暮らしている土地で毎日見る景色、それが人を決めているんじゃないだろうかと。
世界遺産になった富士山。
あの雄大な山を毎日見て暮らしている人と、大きな都会の下町で人間同士の息遣いが近いところで育った人。
太平洋へ開かれた大きな海を見て少年時代を過ごした人と、古い寺や神社の境内を遊び場所にしていた人。
良し悪しじゃなくて、目に見える景色はその人の人となりの大きな部分を占めるんだろうなと思います。

そう言えば、太宰治は、津軽富士、つまり岩木山こそは天下随一の山と思っていた。
でも、東京に出て、富士山を見て打ちのめされる、でも認めたくない。
そういう井の中の蛙のくせに頑強なのが津軽人だと、そう書いていましたね。

このたび、リベンジで中津川の石を見に行き、関ヶ原の近くの養老温泉の旅館まで移動する間に、初めて岐阜城まで登りました。
下から見たことは何度かあるのですが、一度も登ったことはなかったのです。

で、その時、母と話していたのが景色のこと。
『織田信長の見た景色を見よう』
斎藤道三でもいいのだけれど、天下を取ろうと思うような人は、きっと何か特別な景色を見たはずだ、と。

斎藤道三は、もう少し遅く生まれていたら、自分が天下人を目指していただろうと言われていますよね。
織田信長は、どの時点で天下人を意識したのだろう…
やっぱりこんな景色を見た時かも。
岐阜城
丁度いいんだろうなぁ。やたらめったら高いところからではなく、見える景色は自然の雄大さばかりではなく、向こうまで続く平野の景色、川が流れて、町が広がり、眺めれば自分が一国の主であることを実感させてくれる光景。なるほど、この大きさなんだな、と。
大きすぎず、小さすぎず、この一国(美濃)を制したものが天下を制すると道三や信長に思わせた景色。

のぶなが
さて、残酷だったとも言われる信長氏。
でもあの時代、本当に彼のしたことがすべて残酷だったわけでもエキセントリックでもなかったかも……
敵将のしゃれこうべで黄金の盃を作って酒を飲んだのが残酷?

今の我々の基準で判断してはいけないのではと思う。
時々戦争をして、景気を取り戻していた時代なのです。
戦は景気を回復する手段だった……
人を殺すようなことが、と思われますでしょうか?
でも、あの時代、天災と病気と餓えで死ぬ人のほうが、戦で死ぬ人より遥かに遥かに多かった。
そういえば、日清・日露など戦争で景気が良くなったかの時代、太平洋戦争を始めたのは、やはり行き詰まった景気を回復したかったからだ(戦争をしたら、景気が良くなる!)とも。

のちの時代から、以前の時代を責めるのは、後出しじゃんけんですので、この件で、現代のわれわれの誰一人として、当時の人々の誰をも責める権利はない。
でも、反省材料にすること、そこから何かを学ぶことは大切なことだと思います。

さて、話は戻って。
戦をし、領土を広げる、そして民を潤す。
民が喜んで戦に参加したのは、戦の時は無礼講で、略奪や女を手籠めにするのは当たり前だったから。
そうでなくても、子どもの三分の一くらいは病気や餓えで亡くなっていたのでしょうから…
それが普通の暮らしだったのかも。
そういう戦国時代の民の暮らしを書いた本によると、武田と上杉の闘いが勝敗がつかなかったのは、つけなかったからなのだとか。
勝ちすぎても負けすぎてもいけない。適度に勝って、適度に負ける。
相手に体力を残すのは、また小競り合いをして、細く長く民を潤すためだとか。
勝ちすぎてしまったら、褒章として差し出す土地なども多く必要になるわけで……

そう、その中で、敵将のしゃれこうべは勝利の証だった。

比叡山の焼き討ちも……
あの時代の比叡山は、ひとつの大きな戦闘集団・政治的勢力だった。
つまり、宗教というよりも、信長にとっては、あるいは当時の他の人にとっても一つの別の国だったのかも。


そもそも信長は下戸だったと言います。
彼が酒を飲んで…というエピソードは全て嘘で、信長公記にはそんなシーンは一つも出てこない。
強い男=酒も強い、という後世のイメージが作り上げた「お話」なのです。
信長が茶の湯にのめり込んだのも酒が飲めなかったから。
彼の顔は、典型的な「弥生人」(この言葉の使い方にはいささか疑問があるけれど)とか。
「弥生人」はアルコール分解酵素が少ない種族で、それが現代の日本人にも繋がっている。
ちなみに全然酔わないあなたは「縄文人」(この分類もどうかと思うけれど)。

この国の王になろう(天皇になり替わろう)とした人物は歴史上に三人いると言われているけれど(平清盛、足利義満、織田信長)、そういう点では、世界を違う方向から見ることのできた人かも知れない。
平清盛も、宋との貿易をめざし、外国を意識することで、日本という「国」を意識した人。
義満はいささかイメージが違うけれど、織田信長もやはり世界を意識した人。

地球が丸いと宣教師に言われて、理屈ではなく直感で理解したというこの男。
のぶなが
ルーペ、望遠鏡、地球儀。伴天連たちがもたらす異国の様々なものや考え方。
摩訶不思議なものに動じず、確かめ、時に利用し、ただ役に立つものを選び取っていった。
それが時には残酷と思われるのかもしれませんが、やはり彼の人気は絶大ですね。


岐阜城には人がいっぱいいました。
ロープ―ウェイは高所恐怖症の私にはいささか辛かったですが…しかも上に上がってからも、結構歩きます。
お城は昭和31年に作られたもの。だから、何があるというわけでもないのです。
展示されているものも複製がほとんど。
でも、彼が見たであろう景色は……priceless……かな?

そしてこれ。
のぶなが
のぶなが
資料館に、彼の名前を冠した、もしくは彼が登場する本が並んでいました。
全部ではないのかもしれませんが、これを見ても、彼の人気が絶大であることが分かります。


そういう意味では、彼は天下を取ったのかも。
何しろ、子孫も繁栄しているし。家系図を見ると、ものすごいです。横にも縦にも…^^;
スケートの彼もいるけれど、そうそうたる流れが現代まで続いている。

そう言えば、実は濃姫というのは、最後まで信長についていったというのは後の創作。
公記では、16歳と15歳で結婚した……以後、信長が斎藤家を滅ぼして以降、まったく名前もでてこない。
実は、信長は、後家さん(というよりも一度は子どもを産んだことがある女性)を多く妾にしていたとか。
理由は、「産めよ増やせよ」で、一度産んだ女性は産まず女ではない、つまりまた子を作ってくれるという理由だったとか。

う~ん、興味はあるけれど、あまりお近づきにはなりたくない人かも。


さて、なぜ信長?
実は、いつか書きたいと思っている時代小説がありまして。
信長は直接出てこないのですが、おやかた様に恋していた少女の壮大なるお話。
秀吉と家康と利休は出てきそう。

そしてこちらが我が家の信長コーナー。例のごとく、二重になっています。
信長
いつか、きっと。
そう決意した、岐阜城からの景色でした。




星が見
さて、先日の記事でもできたこの写真。
似ていますが、実は別の写真です。
先日の記事の写真は去年の9月のもの。
この写真は、一昨日のもの。
そう、ここでこけて、その先を見ることができなかった私にとって、この向こうは未知の世界でした。
次回、石紀行【ついに見た!星ヶ見岩】(リベンジ・中津川)、少し準備にお時間を下さいませ(^^)


Category: 旅(あの日、あの街で)

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【石紀行】9.中津川:星ヶ見岩(1) 

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ここは岐阜県中津川の星ヶ見公園です。
もしも興味を感じて行ってみよう!と思われたら、カーナビの設定は「中津川市民病院」です。
すぐそばに、この道を入ってもいいのかしら?と思うような小道があり、渓流があって釣りをしている人もいて…すでに星ヶ見公園の中に入っているようです。取りあえず細い道を進むと、駐車場があります。
昨年来たときは、この駐車場にも気が付きませんでしたが、今年は少し進歩。

公園といっても、ちょっとした登山道。
池沿いに周回を回って行くと実は近いようですが、ここは敢えて御嶽神社の鳥居をくぐって行きましょう。
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この公園は敷地面積15.1ヘクタールあるそうで、その中に巨大な岩がゴロゴロ……
花崗岩で、どれも数メートルの高さ、直径も数メートル以上~びっくりするくらい大きいものもある。
岩というより床みたいなところも。
ちなみにこの地面、花崗岩の崩れたものなのか、妙に滑ります。
(去年滑って、大変なことに……^^;)

巨石の森に入って行ってみましょう。
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hosigami
あ、これはどこかで見ましたね……
思い出の岩? この斜面でこけました。ものの見事に足を捻り、動けなくなりました。
注意一秒、怪我一生ってこのことですね。
それもそのはず。もう大興奮状態だったのです。
巨石、巨石、巨石……前を見ていませんでした。
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ご覧ください、この岩の肌の感じ。どうなってこうなって、こんなにごろごろしているのか……
ちなみに、ここはこれまでご紹介した巨石たちの中でも、極めて自然度が高いところです。
人為が感じられず、そのままそこにある。
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頂上にあたる場所は、おそらく拝殿と考えられる大きな岩とその上に据えられた小さな祠があります。
そう言えば、鳥居を最初に潜りましたものね。
ご神体は、神社の名前から木曾御嶽山でしょうか。
この雲の不思議な流れ、まるで向こうの御嶽山から流れ込んでくるようです。

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こんなところを歩いていきます。
横にゴロゴロと巨石が見えています。
そして、看板によると、そろそろ目的の『星ヶ見岩』なのですが……
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階段発見。登って行ってみましょう。登った先を降りて、右に折れると……
見上げれば、木々の中に巨石。
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hosigami
どうなっているのか、正直分からない、それも巨大すぎて、全体像が全く不明です。

ということで、その(2)に続きます。


Category: 石の紀行文(写真つき)

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【石紀行】9.中津川:星ヶ見岩(2) 

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とにかくすごい、と見上げるばかりです。
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何だか、クジラの顔みたいだと思いませんか?
この下をくぐってみます。
hosigami
見上げると、こんな感じです。
hosigami
反対側から見ると…やっぱり人の顔のようにも見えます。
巨石に「北辰門」と刻まれています(こっちが表側だったようで、どうやら裏から回って来ていたようですが……どっちでもいいはず)。古代中国では、北極星が北辰と呼ばれていたそうです。
この北辰と刻まれている岩の下に潜れるようになっています。
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説明には「巨大な花崗岩が節理に従って割れ、長い年月の間にずれてできた空間、岩の間から仰ぐと、昼間でも星が見えると言い伝えられている。この割れ目の方角は南北、南面入口に北辰門の文字が彫られているように、この割れ目から北極星を見ることができる」
えーっと、どの割れ目?
正直よく分かりませんでした。これかな?
確かに暗いんだけど、星が見えるほどでは……
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でも、もしかすると、もっと蜜に重なっていたのかもしれませんね。
実際に、巨石同士が互いにもたれかかるようにして隙間を維持しているので、年月の間に形が変わっているのかもしれません。
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さて、低い石室(と言っていいのか)の奥へ進むと、また別の岩との隙間があります。そこに、妙見大菩薩の石碑があります。妙見大菩薩は北極星を神格化したもの。この石碑には1850年の年号がついているようです。
hosigami
hosigami
外へ戻ってみると、こうしてもう一度石の大きさを感じます。
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思ったよりも写真が多いですね。
リベンジだから力が入っていたようです。
その(3)に続く…^^;

Category: 石の紀行文(写真つき)

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【石紀行】9.中津川:星ヶ見岩(3) 

外に出て、少し手前にある休憩所(展望台?)へ行ってみましょう。
ここには東屋があって、気持ちいい風が吹き抜けます。
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こんなふうに、巨石が張り出していて、その上に手すりが(ガードレール?)取り付けてあります。下に見えているのは、ひょうたん池。
岩の端まで、滑らないように降りてみて、振り返ると……
hosigami
hosigami
この星ヶ見岩の周辺は7~10くらいの巨石が集まっています。
こうして巨石を写してみると、背景の空、雲まで何か意味があるように感じますね。

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帰り道は別のルートを行ってみます。と言っても、地図を見てもよく分からないので、適当に降りて行きます。
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巨石に移る葉陰。変わらずそこにどっしりとある巨石の上に、うつろいゆく季節の影が映る……

さて、星ヶ見岩の巨石たちともお別れです。
と言っても、公園を出るまで、巨石があちこちに顔をみせてくれるので、名残惜しいやら嬉しいやら。
まさに、巨石の森とはよく言ったものです……
歩道にもこんなふうに、石が。
hosigami


先にも書きましたように、この星ヶ見公園の巨石たちには、人為はほとんど感じられません。
あるがままに、私たちを迎えてくれている感じです。
星が見えるという伝説の真偽については確かめられませんが、古代の人がここから北極星を眺めた…かもしれないと思うと、何千年も前から、人類は星を見つめてきているんだと不思議にありがたい気持ちになりました。

hosigami
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野の花たちも、ありがとう。


さて、以下は本当におまけ。
この日泊まったのが養老温泉。養老の滝って名前はよく聞くけど、それはもしかして、飲み屋の話?
これが、くだんの養老の滝。
写真からマイナスイオンが伝わったらいいなぁ。
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旅館で頂いた鮎。
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飲み比べの日本酒。どれも飲みやすいものばかりでした。
少しの酒と、美味しい料理。言うことはありませんね。
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というわけで、次回の石紀行は?
(マルタの巨石神殿、少しお待ちください(^^))


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NEWS 2013/7/12 TOKYO出張中/明治神宮とカラスのポー? 

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高所恐怖症なのに、何の因果か25階に泊まっています。
外は見ない……でも、頑張って写真を撮ってみた。
右上のほうに古墳みたいに見えているのが明治神宮。行ったことなどなかったので、会議の合間にとりあえず行ってみました。
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日本一大きい檜の大鳥居です。
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何に驚くかと言うと……90%以上が外国人。わざわざこの暑い日中にここに来る日本人はいないと言うのも何となく分からないでもないけれど……それにしても日本語はほとんど聞こえてこない。
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もっとも目を引いたもの。入り口近くにある一兎樽の奉納コーナー。そしてその向かいには……
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ワイン? ウィスキー?
あまりの暑さに真面目に見ていませんでしたが、ワールドワイドだなぁと感心しながら歩いておりました。
更に別の参道入り口の近くにはポニーが。ニンジンあげてもいいよ時間があるらしく、子ども連れの家族がニンジンを持ってきていました。
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そして、代々木公園の中には……

ん??
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あ! カラスのポーだ! と一人で盛り上がっていました。(参考記事:カラスのポー(小説ブログ「DOOR」))
このカラス、今口開けていますが、啼いているわけではなく、なぜか口を開けて、ポーズをとってくれている。
で、ありがとう、ポー、またね!と手を振って立ち去ろうとしたら、かぁ~~~~~
うん、やっぱり賢いのかなぁ、カラスって。
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公園の外の道、歩道橋へ上がる階段わきには、こんな芸術も。
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東京って、ある意味本当に面白い。近年、よく友人と東京街散歩をしますが、本当に雑多、なんですね。
下町の横にでっかいビルの立ち並ぶこぎれいな新しい街、高速や車・電車のすごい交通網の横に整備された緑の公園。
新しいものも古いものもごっちゃ。歩いてみると、色んな顔がある。
田舎者には疲れますけれど……

と言うことで、東京街角散歩、でした(*^_^*)
さて、後は今日もひと仕事。それが終わったら、やっと解放されます。
いえ、夜まで会合・会議は続くのですが(残念ながら酒抜き……)。

今日も暑いんだろうなぁ。
皆様も、脱水にはご注意を。

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NEWS 2013/7/13 熱中症/TOKYO 

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東京も4日目。今日は夕方から青山劇場で舞台をひとつ見て、最終の新幹線で帰ります。
最終に間に合うか、ちょっと心配していますが、もう1泊するのはしんどい!と思い、決死で帰ります。
三谷幸喜氏・大泉洋ちゃんの『ドレッサー』に始まり『PLAY/ZONE』に終わる今回の出張。
いえ、メインはあくまでも出張です。出張と日がずれていたら設定しなかった観劇ですので…
でも東京でしか味わえないものがありまして。
(すみません^^;決してジャニオタではないのですが、屋良朝幸さんのファンなのです。ついでに今井翼氏のフラメンコならぬツバメンコのファンでもあります。スペイン語講座に出ていた彼は、私の語学講座ファンの心を鷲掴みにしました)
仕事面では、一昨日、昨日で自分の義務は終えましたので、今日はもう完全にだらだらです。午後から少しカンファレンスに参加するだけ。

昨日、会場で、あまりの人の密度と節電のために、熱中症で三人ばかり倒れました。
いやもう、この異常な中での会議とか勉強会とはあり得んでしょう、という環境です。
いえ、心頭を滅却すれば火もまた涼し、ですか?
正直、一生懸命準備したり頑張ったりしてきたのに、ここにきてこんな環境でpresentationとかさせられて、倒れてたら話になりません。
申し訳ないけれど、まともに頭を働かせるには、いささか環境は大事と思われます。
節電にもほどがあるというのか。
そう言えば、家族が節電を頑張りすぎて、熱中症で運び込まれ、命は助かったけれど障害を残したお子さんもおられます。お年寄りは、ニュースでもよく取り上げられますが、亡くなる方もおられます。
節電。わかります。分かるんですけれど、時と場合に寄らないか???
そこはそんなに冷さんでも、というところは異様に冷えているのに。
資本主義ですから、買い物環境の場所は、本当によく冷えていますね。

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さて、東京。
このところ、会議やカンファレンスやあれこれの東京率が高くなりました。
新幹線が品川辺りに入ってくると、心拍数が上がるのはいつものこと。なぜか緊張してドキドキしてしまうのです。
多分、高い建物がたくさん並んでいる景色自体が怖いのです。
この下の土地は……地球は……とか考えてしまう。
でも、中に入って、自分がその中の道を歩いている一員になってしまうと、違和感が無くなる。

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東京は本当に不思議ですね。
一言で言うと、雑多。
すごいオフィス街と古い人家が当たり前に隣り合っている。
ビルの谷間に学校や保育園。
情報だだ漏れのスパイ天国。
大都会だけど奇妙に公園や緑が多い。
大きな幹線道路と、複雑に入り組んだ古い道。
駅前の風景は、よく見ると結構違う顔をしている(そういう意味では、最近関西の駅前のほうが、駅ごとの特徴がどんどんなくなっていっている)。
大きな劇場や美術館、博物館(私が最も愛するのは科学博物館)と、数えきれないアングラな劇場。
そして、明治神宮もそうだったけれど、外国人率の高さ。
上の写真、代々木公園の中では、ランニングする人、サイクリングのひと、休んでいる人、騒いでいる人、そして未来の芸人を目指して練習する漫才コンビ、などなど。
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田舎者の私には、結構つらいのですが、あまり頭痛はしない。
梅田に行くと頭痛がするのですが……その違いは、狭いところにたくさん人がいるか、広いところにたくさん人がいるかの違いかも。酸素の薄さ、かしら??
それとも、都会だから、あえて多い緑のお蔭かしら。
でも、東京には住めません。高いビルが怖いから。
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都会の中の一輪の花。
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沢山の花。
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そして、願いをしたためる人々(多分、ほとんど日本人はいない)。
沢山の人生と、たくさんの想いと、そして複雑に入り込む現実、格調高い文化と薄暗い欲望。
魅力に取りつかれた人も多くいるのでしょうね。


今日、帰ります。

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NEWS 2013/8/12 なぜそこにお化け屋敷 

以前、どこかで書きましたが、ホラーとお化け屋敷が嫌いです。
昔、比叡山のお化け屋敷でお化けに追いかけられたことがあります。
突然出てくるのが嫌です。

昨日、名古屋からの帰り、神戸に戻って電車に乗っていたら、吊広告から視線が……
はっと見上げると、隙間から目が覗いている広告。

旧居留地 0番地 人形の館

もうそれだけで120%、怖いんですけど(/_;)
大丸百貨店神戸店の特別展示場で開催されているそうです。

キャッチコピーは『私を、おうちに連れて帰って』 (だったかな)

           ↑絶対イヤ!

どうして百貨店でお化け屋敷やるかな。
何となく、明るいイメージの百貨店に、お化け屋敷はちょっと……(;_:)
毎年、どこかの百貨店では開催されているようで、去年は大阪のどこかで、国道0号線がどうの、とかいうのがあったような。
何なのよ! 0番地とか、0号線とか!

でも、京都駅には0番線ホームが本当にある。
ホラーではありません。奈良に向かうホームが0番線。
ハリー・ポッターの9と3/4番線は別に怖くないけど、0は何だか怖いのはなぜ。


というわけで、昨日は名古屋大会、堪能しました。
(津軽@三味線です)
いや~、もう小学生の部で優勝したお子ちゃんなどは、どうして君にその弱音のさわりが出せるの、だし。
中高学生の部では、どうして君たちにそんな「枯れた音」(人生の酸いも甘いも越えてきたぜ~的な)が出せるの、だし。
上級者の部では、のっけからバトルだし。
でもこの大会は、ミニコンサートもあって、有数の演奏家さんたちの三味線弾き合いバトルもあって、唄い合いも手踊りもあって、楽しいです。
ちょっとだけミニコンサートの写真を。
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贅沢な歌姫たちの競演。
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津軽じょんから節。
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三味線4丁、津軽の手踊りつきの津軽三下がり。贅沢です。
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東北へ行くと、こんな感じで、その辺のオジサンみたいな人が、いきなりいい声で唄う。
あ、この方は、著名な演奏家さんです^^; 審査員の後のパフォーマンス、お疲れ様です。
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そして三味線曲弾き掛け合いです。4人の先生方の、ちょっと遊び心ありの楽しい掛け合い。
技も音も、素晴らしいです。

今日は【海に落ちる雨】の第13章(3)も一緒にアップしました(*^_^*)
皆様のブログにコメントを書きに行けていない……でも、仕事に行かなくちゃ……

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NEWS 2013/9/25 ただいま・そして予告編 


九州から戻りました。同僚の急な入院で夏休みを早めに切り上げたので、本当はゆっくり旅行記などを書く予定が、少し先延ばしになりそうです。
というわけで、今日は予告編だけで長編になりそうですが、あれこれあれこれ旅の写真をちら見していただけたらと思います。

「また熊本?」というくらい、毎年熊本に行っています。
そんなに好きなのか? と言われそうですが……毎年の本来の目的地は宮崎県高千穂。
でも、高千穂に行くには、熊本経由が一番行きやすいのです。
で、ついでに熊本巡りをしているうちに、常連さんになっております(^^)
はい、正直言って、かなり好きです。
青森とどちらが? ……う~ん、それは決められない。
(そう、毎年行っている、熊本と青森。なぜそんな遠くに??)

まずは、冒頭の写真は今回のベストショット??
強い風の中だったので、なかなかうまく撮れず、でも曼珠沙華にとまる揚羽蝶、ちょっと素敵な1枚が撮れました。九州は曼珠沙華が満開(少し終わりかけ?)で、とても綺麗でした。

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そしてこちらは、白い曼珠沙華。白だけ集まったところもあれば、赤と白と入り混じったところも。
彼岸花、というので、少しあの世的イメージのある花ですが、赤白入り混じっていると、とたんに目出度く見えるから不思議。旅行記では曼珠沙華も赤白取り混ぜて、写真をお見せいたしますね。

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そして、意外に堪能したのが熊本城。
実はあまり期待をしていたわけではなかったのですが……天守閣含め建物の多くはオリジナルではありませんが、この気合の入った再建には感動しました。近くの美術館や建造物を合わせると、みっちり半日遊べます。
ちなみに古い櫓もありますし、都から離れた場所なのに登場人物は中央の政治にも関係の深い人物ばかりで、歴史も勉強できます。
特に、武者返しの石垣は素晴らしい。この城に陣を取った官軍に敗れた西郷隆盛が「官軍に負けたのではない、清正公に負けた」と言った、守り・攻撃の堅固さで屈指の城だったという熊本城。
こちらも中をあれこれご紹介しますね。

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ちなみに、噂の「熊本城おもてなし武将隊」見ちゃいましたよ。
7人中、黒田官兵衛、島津義弘、あま姫(加藤清正の娘)の3人。
本当に侮れない、ご当地ヒーローですね。
ちなみに、彼らは便乗組ではありません。「お・も・て・な・し」の前から、彼らの名前は「おもてなし武将隊」です。

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ご当地ヒーロー? と言えば、やはりくまもん。
こんなに熊本に行っているのに、くまもん自身には会えませんが、もう至る所にくまもん。
これは、ある美術館の喫茶室で食べた柚子チーズケーキ。
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自販機にも。
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某信用金庫の建物の壁にも。

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そして食べ物と言えば、この馬刺し。白いのはタテガミですね。コリコリしていておいしい。
馬さん好きの私としては微妙ですが……美味しいんです。
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そしてそして、なんとっても葡萄です。
実は、何気なく立ち寄ったJAの販売所。
どの葡萄も、びっくりするくらい甘くておいしい。これはシャインマスカット。
皮ごと食べられるというので、今大人気のマスカットです。
しかし……実は基本中の基本、ベリーAが異様に甘くておいしかった……

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さて、こちらは今回、9月19日に宿泊した、南阿蘇ルナ天文台さんです。
九州でも最大級の天体望遠鏡と、とても親切な星のコンシェルジュさんがいらっしゃるペンション。
食事もおいしかったし、とても楽しめました。

そう。今回、日程は動かせなかったので、本来、天体望遠鏡のある宿に泊まっても「満月じゃあね……」という日だったのですが、それはそれ。
なんといっても、中秋の名月の満月は、次は2021年だそうですから、しっかり見ておこう!
(ちょっと負け惜しみ)

実は、都会から離れた灯りのほとんどない場所に泊まって天体観測、というのにここ数年チャレンジし続けて、今年やっと晴れたのです。
月が明るすぎて本当に星はかき消されていたのですが、恒星をいくつか見ることができました。
しかも、もったいないくらいの望遠鏡で中秋の名月、クレーターをばっちり見ました。
50分間、貸切状態です。次回は新月の日に行くぞ!
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でも、この天体望遠鏡と中秋の名月(満月)とのツーショットも、ちょっと素敵だと思いませんか。


さぁ、そして、お待ちかね!(って、待ってくださる人がいるといいのですが^^;)
巨石紀行の予告編です。
当初、4か所の巨石群を見る予定でしたが、時期的にスズメバチに遭遇する可能性が高いというので、今回は3か所+道のすぐ脇にあるストーンサークルを見てきました。

いやもう、何がすごいって、蚊です!
夏に低い山にハイキングに行くときは蚊対策!と頭では分かっているのに、舐めてました。
恐ろしい蚊とのバトル。「止まったら刺される」というわけで歩き続け、払い続け……
今まで、石は大体11月に見に行くことが多かったので、うっかりしていました。
しかし、石は本当に素晴らしく、もう一歩進んでは感動、振り返ってはため息、という感じでした。

では、予告編、参ります。
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この道を行くと……(って、すごい道なんですけれど……ひとまわり2時間の行程)
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こんな巨石があるのは、佐賀大和の巨石パーク
この巨石だけではなく、17もの名前を冠した巨石が点在している、まさに巨石の庭。
いえいえ、庭とかパークというのは誤解を招くので、この際やめましょう。
みっちり、登山です。しかも真夏の気候、蚊との戦い。過酷な巨石巡りでした^^;
何しろ駐車場のおじさん、「本当に行く気?」という顔で見ておられましたから……
しかし、上の写真の巨石、「天の岩門」を見た時、来てよかったぁ、と思いました。
石紀行ではじっくり、石たちを紹介しますね。

そして第2の巨石群は、熊本市内から海に向かって半時間ほど。
竹林の向こう、階段の先にあるのは……
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拝ヶ石巨石群。いやもう、すごい蚊で……カメラを構えたら、ぶんぶん飛んでいるのが写りそうなくらいでした。
(蚊の記憶しかないのか^^;)
でも、これ、すごいパワーを感じる巨石です。
このあたり、磁気異常がみられるようですし。
近くには、夏目漱石が『草枕』で書いた「山路を登りながら、こう考えた」の山道などもあります(今回は時間の都合上、行けませんでしたが、今度、蚊のいない季節に行きたいです)。

そして第3の巨石群は、大分に飛びます。
八面山という、どこから見ても同じに見える?という山の中。
巨石が点在しています。
ここは車で回れるので、この季節には助かります……でも、目印がなくて、ちょっと山を求めてうろうろしちゃいましたけれど。
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箭山(ややま)権現石舞台です。
これ、ものすごい石です。じっくりじっくり、お見せいたしますね。

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そしてハイライトとも言うべき和与石
こちらもため息が出るような石です。

最後に。
大分の安心院にある佐田京石
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こちらは道路脇なので、苦も無く行きつけます。ストーンサークル?
謎に満ちた石たちの間で、かくれんぼができそうです……

ちなみに、安心院……なんて読むと思いますか?
「あんしんいん」と思いますよね。
「あじむ」なんです。
先にお見せした葡萄、この安心院のJA販売所で購入。

実はこの町には、鏝絵があるのです。
拙作【清明の雪】で、左官さんが身体の欠けた龍のために「鏝絵」風に漆喰で絵を描いてくれた…その鏝絵。
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こちら、まさに龍です。明治時代の作品。
職人の技を感じられる素晴らしい作品ですが、なによりも注文する家の人の願い、仕事や人となりを表すものであるところがいいのですね。
平成の作品もあって受け継がれていくのを感じられるし、ユーモアが感じられるものもあって……
この鏝絵の数々も紹介いたしますね。

鏝絵を見ていたら、ちょっと再び、拙作【清明の雪】を宣伝したくなっちゃいます(^^)
鏝絵だよ、鏝絵!と一人で舞い上がっていました……

ちなみに「うなぎえ」ではありません、「こてえ」です。
……って、解説用の看板に書かれていました^^;
うなぎは鰻。こては鏝。うん、確かにね^^;


では、旅行記数々、もう少しお待ちくださいね(*^_^*)
併せて……【死と乙女】の続き、そして【海に落ちる雨】は登場人物紹介コーナーです(*^_^*)

少し間が空くと、訪れてくださる方の数もずいぶん少なくなってしまいますが、それでも忘れずに訪問してくださる方々に、感謝いたしますm(__)m
沢山の人を惹きつける魅力的な記事をいっぱい書けたらいいのですが、結局自分のペースでしか進めないし、自分らしいものしか書けないのですね……
色んなブログさんを訪ねて、いっぱい勉強になります。
で、振り返って自分のブログを見てみると、石←地味(魅力的な写真とは言い難いですよね^^;)、小説←ブログ仕様ではない、……う~ん。でも、石(巨石)ファンが増えたら嬉しいなぁ(野望)。小説も、少しでも何かを感じてくださる人がいてくださったら嬉しいなぁと、地道に歩んでいます。

あれこれ、書きたいことはあるけれど、なかなか時間が追いつきません。
ゆっくり、重ねていけたらと思います。
今週から、仕事は目いっぱいの上、怒涛のように三味線の練習をしなくては……(・_・;)
では、とりあえず、ただいま!のご挨拶でした(*^_^*)

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【雑記・旅】熊本・天文台のある宿 

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熊本旅行記その1は南阿蘇ルナ天文台さんです。
最近、1年に1度は星空を見る系の宿にチャレンジしてきたのですが、いつも曇りでした。
今年は初めて晴れたのです。
中秋の名月でしたが……^^;

ところで、日本には、いわゆる公開天文台というのが100以上あるそうです。
でも宿泊施設がある天文台というのは多くはないようです。
そして天体望遠鏡の口径ですが、一部100cm以上の大きな口径の望遠鏡があるところもありますが、およそ60cm前後くらいまでのものが多いようです。その中で、こちらの望遠鏡は82cm。
かなり口径も大きいのですね。


さて、上の写真はそのペンションの入り口のドア、かなりおしゃれです。
この取っ手、内側は左右で形が違うのです。色々なところにちょっとした遊びが。
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こちらはフロント。まさにお月見バージョンですね。
そしてこんな素敵なインテリアも。すべて星で統一されている感じです。
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こちらは小さな図書コーナー。椅子も手作り感あふれています。
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天文ガイドのバックナンバーが揃っています!
昔、中高生の頃、購読していた時のものもありました。ちょっと懐かしくてしばらく浸ってしまいました。
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また、こんな小さなサロンがレストラン横にあります。暖炉つき。
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そう言えば、以前、別の天文台付の宿に泊まったことがあるのですが、11月で無茶苦茶寒かったです。
そもそも星の綺麗なところ、しかも星が綺麗に見える季節と言えば、寒いですよね。
しかも、この系統の宿は暖房ばっちりなんてことはあまり期待しない方がいいようです。
ちなみに、毎年行っている高千穂の夜神楽なんて、11月(~2月ごろ)、開けっ放しの場所で一晩中神楽ですから、強烈です。でもその後の黒川温泉がものすごく幸せなんですよね。
それはともかく、この暖炉、見た目にあったかくていいですね。
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参考までに、泊まった棟はこんな感じ。本館にもお部屋があるのですが、今回はこの離れのような建物に泊まらせていただきました。

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外には、こんな風にハンモックやブランコがあります。
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さて、いよいよ天文台へ。
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雨の日にはプラネタリウムがあって、そちらを楽しめるようにしてくださっています。
では、天文台へ登って行きます。
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こんなおしゃれな階段です。手すりにはアイアンのオブジェ。
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そして、この上には、この迫力ある望遠鏡があるのです。
毎日8時から、天体観測会があって、宿泊客は誰でも参加することができます。
でも、今回利用したのは、コズミックプランという宿泊プラン。
これは10時くらいからと、時間は遅めなのですが(天体観測会の後)、ほぼ貸切状態。
やはりこういうお宿ですから、子どもさんとかいっぱい来ておられるんですよね。
沢山の人がいて、子どもさんたちがいると、どうしても遠慮してしまうし、じっくり見ることはできないだろうなと思い、このプランを利用させていただきました。
50分間の貸切状態、大正解です。しかも、かなり延長してくださったりして。
星のコンシェルジュさんはとても親切な方で、宿泊前からお電話を頂いたりして、プランを立ててくださるのです。
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しかし! この日は中秋の名月。しかも満月。星を見るには最悪の環境ですが……でも晴れたのは良かった。
上はちょっとボケているけれど、中秋の名月。
望遠鏡では、クレーターまでもしっかり見せていただきました。
この大きな望遠鏡で見ると、まるで月の周りの「空気感」まで見えるような世界でした。
光自体がゆらゆらと揺れているのまで見えるんですね。
ちなみに、もうひとつ小さめの望遠鏡があって、月はそれで十分なのですけれど。
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それから、恒星をいくつか……まず、夏の大三角の3つの星を望遠鏡で見せていただきました。
望遠鏡で見ると、「ちょっと大きな光」程度なので、コンシェルジュさん曰く「みなさん、ちょっとがっかりされるんですよ」とか。
いやいや、光の色までくっきりですよ。
同じように光っているのに、こと座のベガは25光年、わし座のアルタイルは16光年、白鳥座のデネブは1411光年。
そういえば、真剣に距離を考えたら、織姫と彦星が1年に1度会うのは無理、なんて話もありましたね。
(それは夢のない話だけれど)

今回見せていただいた星で一番は、白鳥座のアルビレオ。
ガミラスとイスカンダルじゃありませんが、二重星なのですね。
肉眼では一つの星に見えるのですが、望遠鏡では、くっきりと赤っぽい星と青白い星、ふたつの星が並んで見えました。
宮沢賢治が「銀河鉄道の夜」でサファイアとトパーズって言ってましたっけ。
アルビレオというのはアラビア語で「鳥のくちばし」ということ。
まさに白鳥座のくちばしにあたる部分の星です。
そういえば、星の名前って結構アラビア語由来のものがありますね。
冬のダイヤモンドのひとつ、おうし座のアルデバランもアラビア語由来でした。
砂漠の国では、きっと星が頼りなんですね。
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これがアルビレオ。「北天の宝石」です。

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星雲などを見たい場合には、やはり新月の夜を狙った方がいいようです。
星雲のひとつひとつの星の光は弱いので、月明りで掻き消えちゃうんですね。
月もなく、雲もなく、そんな日って、なかなか当たりませんけれど。

機会がありましたら、ぜひ、訪れてみてください。
阿蘇の雄大な景色にも感動しますし、それにペンションもいい感じです。
……天文台つきの宿泊施設は、大方、合宿所みたいな食事のところが多いのですけれど(それでも泊まるところと食べるところがあるだけいいのかも)、ここはちゃんと美味しいお食事でした(^^)

というわけで、熊本の旅・第1話『星空散歩』閉幕です。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
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NEWS 2013/10/1 素敵な断片 

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「百鬼夜行に遅刻しました」のウゾさんが、このお宿の記事(熊本・天文台のある宿)をイメージにして、ものすごく素敵な詩(断片)を書いてくださいました!
→→ウゾさんのブログ:「断片」

行った私のイメージを飛び越えるくらいの、素敵な世界観。
まさにウゾさんの感性がぴったり当てはまったような、天文台・望遠鏡・宇宙、そして、インテリアの中のピアノやアイアンの手摺。
これがこんな素敵な詩になるとは!!
ぜひ、ウゾワールド、じっくり味わってみてください(*^_^*)

ということで、没写真。
冒頭は、車寄せからみたペンション方向。
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そしてこれはペンションの本館の外観ですね。
ちょっと宇宙ステーションみたい? でも中に入るとレトロ感あふれる感じ。

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天文台への階段。

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夜のペンション。
ちなみに、このペンションでは、結婚式もされているようですよ。
ウゾさん、将来のその時に、いかがですか?
(って、奈良から、なぜわざわざ熊本で??)

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うん、やっぱり、望遠鏡、そして素晴らしいドームですね。
このドームが開く、そして望遠鏡の向きに合わせて、開いた部分が移動するのですが、その無骨な音がまたいいのです。


さて、ついでになっちゃいますが、我が家でも曼珠沙華が咲きました。
この曼珠沙華は実家の畑のあぜ道から嫁入りした、鉢植え状態のもの。
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そして、さらについでに、秋明菊も素敵です。
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こうした花々にも、ひとつひとつに宇宙があるのですね。

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あれ? ここにも、ひとつひとつに宇宙が!!
これは、先日デパ地下で目が合った、マシュマロくんたちでした(*^_^*)

というわけで、もういつの間にか10月。
秋になりましたね。
三味線の大会シーズンになりました。
仕事も忙しくなるけれど、頑張って旅行記も書きまする。もちろんお話も。

それから、3333が近づいてきました。
前後3番くらいを踏まれた方、よろしければリクエストをくださいませ。
まだ500が終わってないけれど、何かお応えしたいと思います(*^_^*)

これからも、よろしくお願いいたします(*^_^*)

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【雑記・旅】熊本・城のある景色 


熊本の旅、今回初めて熊本城に行ってまいりました。
街の中にど~んとあるのは、大阪城や名古屋城と同じですが、この3つは天下の名城と言われていたそうで、復元後の姿もなかなか見事です。

ところで、日本にお城はどのくらいあったのか(造られたのか)というと、ゆうに二万五千は越えているのだとか。
中には、柵だけのようなところもあったり、記録には残っているけれど、どこにあったのか分からないようなものまであるそうで、ひと口にお城と言っても奥深いものなんですね。

そう言えば、天守閣の現存するお城が12あると言われています。
この「現存」という言葉にもいろいろ引っかかりがあるみたいで、一応、現在まで廃城時の姿を留めている城ということで12、挙げられるそうです。
全部ご存知ですか?
ちなみに、そのうち国宝は4つ。
答え合わせは記事の最後に(^^)

最近は、天守閣が残っている城よりも、城郭が注目されているところも多いようで。
例のあの、日本のマチュピチュと言われる竹田城ですね。
雲海の写真が有名ですが、雲海を見ようと思ったら、まだ真っ暗なうちから山を登らないといけないのだとか……
兵庫県なんですが、まだ行けていません。

今まで行ったお城(跡)で、記憶に結構鮮烈に残っているのが、千早城(千早赤阪村)と岡城(大分県竹田市)。
何故記憶に残っているかというと……結構登るのが大変だったから^^;
岡城というのは、かの滝廉太郎の「荒城の月」のお城です。
高千穂夜神楽で一晩中起きていた後に行ったので、眠すぎたからかも……
他にも大変な山城はいっぱいあると思いますが、なかなか行く機会がありません。
あ、そう言えば、先日登った岐阜城(ロープ―ウェイだけど)は、別の意味で感動しました。
ここから見たら、天下を取りたくなるわぁ~と、気持ちは斉藤道三か織田信長。

昔をしのぶ城郭だけ、というのもいいし、いわゆる現存というものに重きを置くのもいいけれど、熊本城ですよ。
全国行ってよかったお城ランキングで僅差とはいえ、現存・国宝の城を抑えて堂々1位なんです。

何故かしら?
よく分からないけど、行った印象としては、何となく分かる、という感じ。
すごいお城好きの人から見れば分かりませんが、少なくとも観光地として結構いいんじゃないかと思うのです。
気合が入っているし、それなりに古い遺構も残っているし、石垣も見事だし、街中でアクセスも好いし、結構周囲施設も充実しているし。
私ですか? はい、ぼや~んとした知識で行ったのですが、かなり面白かったと思います。

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こちらは二の丸側から見た天守閣。大天守と小天守の2つの天守を備えています。
このお城は昭和35年に外観復元したものです。

その修復時に造られた何分の1かの模型がこちら。
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これを見て思ったのです。修復・復元作業に関わった職人さんたち、楽しかっただろうなと。

天守閣からの見晴らしはもちろんいいのですが、お城の中には色々な資料も展示されていて、あれこれ歴史の確認にもなります。
加藤清正、細川藤孝などは歴史の表舞台でも名前が出てくるし、某元首相はこちらの御子孫ですよね。
そして、西南戦争の際に炎上。
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こちらは大天守のてっぺん。
ちなみに、近隣には細川コレクションの美術館や、細川刑部邸などもあり、半日は十分に遊べます。

さて、その西南戦争時の炎上を免れたのが、下の宇土櫓、その他11の櫓だったそうです。
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櫓って言っても、小っちゃい天守閣に見える……

その中は、こんな廊下です。武者走りと言って、何もなく、武士が武器を持って走ることができるようになっているわけですね。
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復元された本丸御殿の中もなかなか見ごたえがあります。
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台所では、見事な高天井も復元されていて、予約すれば当時の宴会ご飯を食べられるのだとか。

さて、外に出てみれば、加藤清正が気合を入れた石垣です。
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上は天守閣の石垣、下はお堀の石垣です。始めは少しなだらかで、上の方では角度が急になっている、武者返しと言うそうです。母は「結構登れるんとちゃうん?」と言ってましたが(忍者を想定)^^;
でも、上から石とか落とされるし、鉄砲撃たれるし、やっぱり大変そうよ。

お城の傍には、こんな急な坂道。そこを疾走する若者たち(野球部員?)。
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お城の中では、休日だったからかイベントが。
彼らは「熊本城おもてなし武将隊」。お城のあちこちで出没される他、定時には演舞を披露してくださいます。
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こういうイベントも大事ですよね。なぜか満足しちゃいました。
ところで、ゆるきゃらはいないのか?
天守閣前の写真スポットにお城姿の人形がありますが……弘前城のたかまるくんみたいに、歩いているキャラはいませんでした。

何より、お城は結構歩くので、健康にも良さそうですよ(*^_^*)
この熊本城は広さ東京ドーム21個分だそうで。
でも、どうして広いところを表現するときに、いつも東京ドームで数えるんだろう???


さて、冒頭のクイズの答え合わせです。

修復を繰り返しつつ、ほぼ創建時のままの天守閣:姫路城、彦根城
江戸時代に再建:弘前城、松山城、高知城
昭和に解体・復元(築材は元のまま、伝統的城郭建築法で復元):松本城、丸岡城、犬山城、備中松山城、松江城、丸亀城、宇和島城

こうしてみると、四国には4つもあるのですね。
このうち国宝は、姫路城、松本城、彦根城、犬山城。
う~ん、姫路城だけ行っていない……近いのに。仕事で横は通るのに……


最後に、小出しの曼珠沙華。
白い曼珠沙華です。
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何だか不思議ですね。


熊本の旅・最終回は熊本じゃなくて大分に参ります。
大分・安心院(あじむ)の鏝絵をご紹介。
あ、「うなぎえ」じゃなくて「こてえ」ですよ(*^_^*)
併せて、黒川温泉黒川荘の姉妹宿、天ケ瀬温泉のお宿・天心さんもご紹介?
もちろん、石紀行は別にアップ予定です。

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