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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨181] 第38章 そして、地球に銀の雫が降る(6)愛してる 

ついに第38章の最終話。本編の最終話と言ってもいいのですが。
もう何も言いますまい。この章の最後の一言を書くためだけに、ここまで費やした文字数。
第1節 267,543文字
第2節 241,505文字
第3節 245,410文字
第4節 264,339文字
第5節 264,480文字(終章含む)
こんなにお膳立てしてやらないと言えないのか! って、何度竹流に突っ込んだことでしょう(*^_^*) でも、ようやく言ってくれましたよ。あ~、これで終わったらハッピーエンドなのになぁ。この大河ドラマ、結局まだまだ簡単には終着駅に着きません。
でも、決めて書いたわけじゃないのに、見事に文字数が大体揃っているなぁ。まるで、玄人の寿司職人が握るシャリの米の数が大体決まってるみたいな……って、そんなところしか自慢するところがない私のお話。
こんな長いだけでつまんないお話にここまで付き合って下さった方々には、足を向けて眠れません・……(-_-)zzz
ちなみに、物語はまだ終章が2回分残っていますので、今回を含めてあと3回続きます。

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】登場人物
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Category: ☂海に落ちる雨 第5節

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[雨182] 終章 結晶(九年前の返事、二十七年前の答え)(1)(軽く18禁) 

そして、終章です。長いので半分に切っています。
前半は一応18禁、かなぁ? それほどでもないかなぁ。何だかよく分からなくなっちゃった。
ここは始章に呼応して、「竹流」ではなく「ジョルジョ」になっています。

「返事なら9年も前にしたよ。あんたが聞くのが遅い」
第38章で真が言っていた「9年前の返事」です。でもこの言葉、ちゃんと届いたのかなぁ? 結局お互いに「はっきり言えよ!」ってことなのですけれど。でもマコトにしたら、じゃない、真にしたら精一杯、ですね。
それにしても、マコト、最近、登場回数おおいなぁ……(にゃん?)

実は2人がこういう関係にあったのは、真の大学入試~その後のイタリア旅行の間のわずか1か月ほどの間の事なのです。本人たちは、その時自分たちは熱病にかかっていたと思っていたんでしょうね。
でも、その後の「身体は求めないけれど、存在を求める」関係の方が深いんですけれどね……
この終章の前半(というより大半?)はそのイタリア旅行の間のこと。

旅の前分は気分良く過ごしていたのですが、ローマに引き戻されちゃってヴォルテラの屋敷に入った途端(捕まっちゃったのね)、竹流はちょっとお酒が過ぎました。真に当たりちらして、真はえらい目にあって。
ジョルジョの方は我に返って「なんてことしちゃったんだ」と思ったら、逃げ出しちゃった(ダメな男なんです)。で、酒場に入り浸っていたら、屋敷から「連れが熱出して寝込んでる」って噂が流れてきて、あわてて迎えに行ってアッシジに逃げたところでした。
どうしても御屋敷にいると荒れちゃうんですね。この頃、ジョルジョは「この家を継ぐのは自分じゃない」と逆らっていましたから。
200px-Giotto_-_Legend_of_St_Francis_-_-15-_-_Sermon_to_the_Birds.jpg
この聖フランチェスコの『小鳥への説教』の絵を見上げながら真が涙を流していたというシーン、竹流がいたたまれなくなるのも仕方ありませんね。そして……鳥つながりの笑えるシーンもあり、まだまだお楽しみいただけるはず?(鳥シーンは次回だけど)

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】登場人物
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[雨183] 終章 結晶(九年前の返事、二十七年前の答え)(2)(最終回、あるいはひとつのラストシーン) 

「突然開かれた扉は、今、世界を真っ白に染めた。
この景色を、真は随分昔に見たような気がしていた。」

第37章のこの最後の部分は、今回のジョルジョ視点の最後の部分に呼応しています。
アッシジの聖フランチェスコ教会を出た瞬間の「真っ白」だったのです。
前回「軽く18禁」ってわけの分からないこと書いちゃいましたが、この1か月の二人、必死でした。求めるのも求められるのも、もうこの後は死んだって構わない、ってくらい必死で。
でもそこから抜け出すと我に返っちゃうんですけれどね。
それでも、この時があったから、今があり、(やっとの思いで)彼にあのラストの台詞を言わせることができた、のかな?
最終話、皆様に合格点を頂けるのかどうか、ドキドキしながらお送りいたします。
(なのに、前半はお笑いのシーンだなんて・……怒り狂う雛、丁度limeさんのところでカラスの雛が落っこちてたので、あまりのシンクロにびっくりしました^^;)

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】登場人物
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Category: ☂海に落ちる雨 第5節

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【海に落ちる雨】あとがき 

【海に落ちる雨】を読んでくださった貴重な読者様、小さく温かい拍手をくださった方、いつもいつもコメントをくださって、私が更新をくじけそうなる時も支えてくださった数名のブログのお友達、重ね重ね感謝申し上げます。

 私がこれを書くのに費やした期間は、正直もう覚えていないくらい長いのです。実は【清明の雪】の方が後で書き始め、先に完結したのですが、この【海に落ちる雨】の第1章の冒頭はまだ大学生の時に書き始めて、その時からぼんやりとした構想はあったのですが、まだちょっとまとまっていなかった。その後、10年以上も何も書かなかった時期があって、ずっと放置されていました。ある時、急に憑りつかれたように書き始めたのです。
 今、「とじ太くん」(製本グッズ)で作った本の最初のあとがきの日付を見たら、2009年になっていました。その時に「20年かかってる」と書いてある!

 あの時、読者は私一人でした。つまり、一人で書いて、一人で読んで、何だかそれで満足していたのです。でも、昔から小説を見せっこしていた中学校時代からの友人sayaさんが読んでくれて、もっと人に読んでもらった方がいいよ、と言ってくれました。その言葉がなかったら、このお話はうちのPCの中でこっそり眠っていたことでしょう。

 今でも、このお話が(他のお話もそうですけれど)、人に読んでもらう価値があるのかと迷うことがあります。コメントのお返事にも書きましたが、私がこれを書くのに費やした時間、寝かせて校正に費やした膨大な時間(それなのに、まだまだ粗だらけで、校正しまくってこの程度なのかと情けないのですけれど、そのあたりが実力の限界かな)、そしてブログにアップするのに費やした2年あまり。私がかけた時間に比例して、読者さんも時間をかけてくださったのだと思うと、本当にものすごく感謝です。

 ブログの何たるかを分かっていなくてアップし始めたので、文字も多くて、隙間もなくて、読者さんなんてほとんどいなくて、それはつまり読者さんがとっつきにくくて読みにくいということの結果なのでしょうけれど、それでも貴重な時間を費やして読んでくださった方々がいてくださって、その気配に支えられていました。本当にありがとうございます。

【清明の雪】は私の好きなものをてんこ盛りにした物語でした。
 私は京都で数か所、住まいを変えたのですが、最後に住んでいたのが銀閣寺まで歩いていける北白川でした。散歩圏内に詩仙堂・曼殊院があって、この2つをモデルに架空のお寺を作り上げて、水の物語を書きました。室町時代の京都は陰謀渦巻く暗黒っぽいイメージがあるのですが、その時代はまた、大陸からもたらされた文化・芸術が日本独自の変化を遂げていった時代でもあったのです。
 京都には、目に見える現実の町の後ろに、もうひとつこの世ならぬ幻影の町が張り付いている。それは過去であり、今もそこにある不思議の生命たちの気配であり、また未来のまだ見ぬ幻でもあります。そんなものをラストのキラキラシーンに籠めて、「白」の物語を描いたのでした。光は色が混じると真っ白になる、そんなイメージかも知れません。

 一方で【海に落ちる雨】は「黒」です。どす黒いドロドロの黒、かもしれませんし、様々な色を取り込んで磨いて輝いた黒かも知れません。「白」と「黒」、2つで1つのセットになっている、のかな。書いている時は意識していたわけではなかったのですが、それでも【清明の雪】がちょっと綺麗すぎて、どこか物足りなかったのかもしれません。

 この物語を書き始めた時、イメージしたのは、どこかの回に書いたと思うのですけれど、巨大ピタゴラスイッチでした。ボストンの科学博物館にあるのですが(神戸のハーバーランドにもある……まだある、はず)、要するに玉が転がったり、落っこちたり、かざぐるまが回ったりして、次々に影響を及ぼして、何かが進んでいく。でも最初の球はもう次に何が起こっているのか知らないまま別の経路に入っていく、次々と起こる事件・出来事は、関連があるようで関連がないようで、でもやっぱりどこかで絡んでいる。
 すごい伏線をばら撒いて、収集するのに大変な思いをしました。
 でも世の中の出来事って、こういうものなんですよね。

 主人公も含めて、真っ白で健全って人物は一人もおらず、人間の暗い部分とか残念な部分がガンガン出てくるのですが、真っ黒の石を磨いたら光るように、最後に何か光を見ていただけたなら嬉しいです。
 そしてもうひとつ。この大河ドラマ風・長大な「なんちゃってミステリー」、風呂敷を広げまくって、どう収拾するのか、って途中で読んでくださった人が不安に思ってくださっていたなら、そして、それを最後に(見事に!?)畳んだな、って思ってくださったなら、このお話は大成功です。

 これは、『ドクトル・ジバゴ』手法なのです。勝手に私が名付けました。
 あのお話は、壮大な歴史の流れにもまれたジバゴとラーラの恋愛物語、というにはスケールが大きすぎて、一体どこへ落とすんだ? と映画を見ながら不安になったのですが、最後にたった一言ですとん、と落とされた。
 どんな一言かというと、「それじゃあ、血かな」。これだけだったのです。やられた、と思いました。

 ジバゴとラーラは戦争の中、生き別れて、二度と会わないままだったのですが、彼らの娘が生きていて、後にジバゴの友人がその娘を探し当てた。その時、娘がバラライカを弾いていて(ジバゴもバラライカの名手だった)、「誰の手ほどきだね?」とジバゴの友人が聞くと、娘が「誰に教わったわけでもないんです」と答えた、その時の友人の言葉が「それじゃあ、血かな」だったのです。
 うわ、こんな最後の台詞で落とす話を書きたい、と思った。

【海に落ちる雨】には2つの「落とし台詞」がありまして、本編のラストの竹流の言葉、そして、終章の最後のチェザーレの言葉です。これだけで、この長くて複雑な物語を畳めるような言葉だったでしょうか。そうだったらいいな、と思います。
 実はこの2つの言葉は始めからそこにあって、そこに向かって書いていたのであまり考えて苦労して捻りだした言葉ではないのです。しかも、一番大事な台詞かというと、そうでもなかったりして(あ、竹流の告白は重要ですけれど。だって、この人に「愛してる」を言わせたくて、それだけのために書いた1283277文字!)。

 実は、テーマに沿って一番置き場所を悩んだ言葉は、真の「それでも、俺がこの絵の中の一番小さな鳥でも、もしかして海に落ちた小さな雨の雫でも、俺にはきっとあんたの言葉だけは聞こえるよ」でした。わざとらしくなく、テーマに照らした言葉を持ってくるって、難しいですね。これは、始章でジョルジョがローマを出奔して、船の上で仕事をしながらニューヨークまで行く間に、海に落ちる雨を「誰にも知られることがない」と諦念の気持ちで眺めていた部分に呼応しています。

 あちこちにこんなふうに、問いと答えが散りばめられていますが、寺崎昂司が言っていたように、そもそも竹流=問い、真=答え、という構図なので、永遠にお互い、交わらないという話でもあります。そう思うと辛い部分もありますが、この大河ドラマの本質は「割れても末に 逢わんとぞ想う」ですから、最後は「いきなり最終回シリーズ」のロレンツォと詩織がまとめてくれるでしょう!(って、いい加減な)

 たくさん書きたいことがあったような気がしましたが、何だかまとまらなくなっちゃった。えっと、何が言いたかったかというと、本当に、ここまでお付き合いいただいてありがとうございました!!

 あ。もしも映画館でこの話を見て(妄想ではなく単なるイメージ)、タイトルバックに流れる曲を考えたら、B’zのCallingだな、と思いながら一人にやにやしちゃいました。竹流の「愛してる」に重ねて「こ~の声がきこえ~るかい」です。で、曲が終わってから終章部分があって、チェザーレの台詞でばん、と暗転。Executive Producer XXXXXって黒い画面に出て終わり。なんて。
 どれほど遠く離れても…必要とし必要とされていること、それだけがすべて、というお話です。

 さて、少し先の話ですが、予告☆
 次作はまだ仮題のままですが【雪原の星月夜】です。
 竹流と真、一緒にローマに行って、帰ってきて、その後あれこれあって、今はたまに会うだけの関係になっています。あんなにラブラブだったのになぜ? という部分はまたおいおい事情が分かるようになっています。

 この物語の題材は、ひとつは相川家先代の物語、つまり功と武史の兄弟葛藤。そして、真の失われた19の秋の事故の記憶。そこに、ある絵本作家の失踪事件が絡みます。真は既に結婚していて、灯妙寺の離れに居候しています。【奇跡を売る店】シリーズの和子(にこ)の原型であるあかりという少女も出てきて、賑やかですが、話は一段と重くなっているかも。北条仁は、親分筋の組の跡目相続に巻き込まれ、大変なことになっています。
 絵本作家のエピソードの元ネタは『阿寒に果つ』、美味しいタイトルなので章題にどこかでいただこうと思っています。

 続きを読むの中には、次作の冒頭シーンを置いておきます。
 友人をのけぞらせたこの展開。あ、これだけじゃわからないかな。そのうち、じっくりとお読みいただける日が来ると思いますので、それまでしばらく、短編・中編でお楽しみいただけるようにと思っています。



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【海に落ちる雨】あとがき(2)その逡巡は男同士だから? 

実は、過去にこの内容のことを書いておいたはずなのですが、一生懸命探したけれど、どのカテゴリに置いちゃったのか分からなくなっていて見つけられず、改めて書いておくことにしました。
【海に落ちる雨】というよりも、このマコトシリーズの、いや、猫の話じゃなくて、真シリーズの「恋愛要素」について。

このお話を書いている最中は、「なんちゃってミステリー」と「なんちゃってハードボイルド」の真ん中ぐらいのジャンルかなと思っていました。が、書き終わって、読み返してみたら……
なんだ、これ? 単にラブラブな恋愛小説やん。
自分でもちょっと狼狽えました。

もちろん、主人公の片割れの最後の言葉がその印象の原因かもしれません。この言葉を言わせるためだけに、これだけ長いお膳立てをしたというのも事実です。が、どこから切ってもこんなラブラブでいいのか? みたいな話に見えなくもないってのは予定外。
いや、そもそもこれは恋愛なのか?
一時、私が書いているもののジャンルはなんだろって悩んだことがあって、もしかしてBLの範疇に入るのかもとちょっとお勉強してみたところ、どうやらBLというのは、もっと恋愛を前面に押し出したものであるらしいと分かり、そこには入れないと感じました。いや、だって、BLの主人公が普通に女とも絡んでいちゃダメですよね。結婚もしてるし。

じゃ、主人公2人の関係はどう扱ったらいいのか……これは恋愛なのか?
八少女夕さんが、自分ちのキャラがこんなにお膳立てしてもあの一言が言えないなら、「キャラはあんただけじゃないんだよ」ってさっさと見限ると言っておられましたが、まさに男女の恋愛でこれだったら、絶対に私も見限る!
じゃ、この逡巡は、男同士だからなのか?

逆に言うと、何故、健全に男女で書けなかったのか、ってことなのですけれど。
いや、それはダメでしょ。と自分で納得しました。私が男女の恋愛ものを書くとハッピーエンドになるんです。つまり同じ立ち位置の子孫、ロレンツォ(竹流の曾孫)と詩織(真のやしゃ孫)は状況は同じはずなのですが、単にちょっと身分違いの国際結婚のシンデレラストーリーになっちゃってる。どういうわけか、切なさが出せなくなって、紆余曲折は多少あったとしても、すぐに丸く収まってしまうのです。
だって、男と女。くっつくか、くっつかないか、要するにそれだけのことだと気持ちよく割り切った話になっちゃう。まぁ、恋愛を前面に出すなら、くっつかない話はわざわざ書かないんですけれど(短編は別ですが)。
いや、決して不幸なラストに持って行きたいというわけではなくて。いや、確かに死が二人を分かつ、ってことになったけれど、それでもこれはそれなりにハッピーな話だったと思うし(貫いたってだけで十分に)。

もしも男女だったら、竹流だってさっさと決め台詞を言って、場合によってはローマに連れ帰り、もう嫁にして終わりって話だったと思う。真が断る可能性はあるけれど(現に珠恵は断ってるし)、それにしても白黒はっきりするはず。それに竹流だって、執着しなかったと思うのです。
でもここは、やっぱり竹流には性別の問題は大きかったと思われます。何しろ、口で何を言っていても、この人は基本のところがものすごく敬虔なのです。幼少の頃に沁みついちゃっていて、しかも自分を導いてくれた教皇・エウジェニオのことを心から愛していた。

それなのに、東洋の子猿(もしくはヤマネコ)に噛み付かれちゃって、熱病にかかってしまった。彼にしてみたら青天の霹靂、つまり完全に自分をコントロールできると思っていた身体的欲求の箍を外されちゃった。それは性的な欲求でもあるし、単純に支配欲でもあったのですね。あまりにも相手が「自然=じねん=あるがまま」なので、それを人間としての理性と知性で教え諭し、支配したいと思ってしまった。
そんな自分の「相手を押さえつけたい(支配欲)」があまりにも暗くて重いので、そして、恋とか愛とかいう抗しがたい熱情をそのまま認めるのはあり得ないので、この想いを、もっと高みに、つまり人間関係として崇高な愛に昇華したいと考えた。この思いを神が許容する範囲に押し込めようとしたのですね。
でも、そもそもその対象が、東洋の子猿、しかも同性だなんて、やっぱり駄目でしょう!……で、ずっと「ぐるぐる」。

真の方は? あんまり自分を出さない人ですが、裏表ありませんので単純です。どう単純かというと、相手が自分を守ってくれる「親鳥」だと思い込んでいるのです。この人の場合、そこが一番根源の問題なので、誰が自分の存在を支えているかというところで、全人的に頼ってしまっているのでしょう。全人的なので、身も心も、です。
で、これは恋愛か? それについては、本人も認めています。
「惚れてるさ、と真は思っていた。」って書いた記憶があります。恋愛と親を頼る気持ちの区別がついていない点はちょっと置いといて、何を捧げてもいいって感じ? 十分に「恋」です。
それなのに、竹流は「子の心、親は知らず」状態。
いや、竹流だって、自分が育てたって自負心があるからこそ、執着したのかもしれないし。

要するに言い訳です。私の1283277文字の言い訳。「これは恋愛小説じゃないと言いたいけれど、簡単に、何だ結局恋愛小説じゃないかって言われたくないけれど、でも結局ラブラブなんじゃないかと言われたら否定できないし、でも二人の関係としてはもうちょっと高みを目指してて、だからこそDNAの二重螺旋みたいに絡み合って、やがては子孫が結ばれて、でも心はもうちゃんと結ばれてて、でも世の中そんなに簡単じゃなくて、人間同士だから本当に複雑な想いが絡み合って……」という感じの言い訳。
人間関係が希薄になっていると言われるし、それが小説の題材にもなるこのごろに、こんな濃厚な人間関係を書いている私って……ま、いいか! 時代の流れには逆行しているけれど。

というわけで? これはやっぱり(私が書いたら)男女だったら成立しない関係なのでした。本当は男女だって、くっつきそうでくっつかないようで、でもくっついているような関係って、好きなんですけれど。
えぇ~っと、要するに……「ぐるぐる」上等!
え? そんな括りでいいのか? う~ん……ま、いいか!(マコト化)

Category: ☂海に落ちる雨 第5節

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